ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る 峠indexへ戻る [街道]

[峠マルチIndex]/[1位]/ [10]/ [20]/ [30]/ [40]/ [50]/ [60]/ [70]/ [80]/ [90位]/ [1000m未満]/ [歴史/登山峠]/[トンネル]/ [解説]/[アルプスと歴史]/ [街道]/ [鉄道]/
[LINK/FAQ/情報提供]/ [フランス]/


古代ローマの道(ローマ軍用道路)とアルプスの峠
Roman-Road/Alpen-Pass
⇒【ケルト人・ハルシュタット文化:Kelt-Hallstatt】 【琥珀街道/塩の道:Amber-Strasse/Salt-Road】 【アルプスの歴史:Alps-History】も参考に


roman-roads-ad125
【地図クリックで「Wikipedia-Roman_roads」に】
●「すべての道はローマに通ずる、一千年間の世界の支配者ローマ、古代ローマの軍用道路」といわれる『古代ローマの道』。

さらに歴史がさかのぼり、「ヨーロッパの先史時代、ケルト人のハルシュタット文明時代」の【琥珀街道/塩の道】。

これらのルートと、『ヨーロッパアルプスの峠』。

 この接点について少しずつ整理していきたいと思います。
どこに、いつごろから、誰が作って、誰がどのように使ったか・・・などを
まず、各街道のルートと、アルプスの想定できる峠名を整理してみました。

■古代ローマの道(ローマ軍用道路)と峠

●オーストリア・スロヴェニアの「ローマの道と峠」

オーストリアへの道
【ローマ〜オーストリア・スロヴェニアの道(p244):クリックで拡大】

イタリア・オーストリア国境付近の古代ローマの道 【赤名:イタリア/オーストリア/スロベニア内の地名、想定峠名】
・右下のアクィレイア〜エモナ〜ケレイア〜ポエトウィオのルートはウィーンに続いている。
・この琥珀街道のルートが古代ローマの道になる。】

【スロベニアのアルプス名などに出てくる「Juli--/ユリア」の 「Gaius-Julius-Caesarガイウス・ユリアス・カエサル(シーザ)(BC100-BC44)」も、 このバルト海の琥珀とその街道の調査を指示したとの記録もある(p.320)】

<東から>
 ・ Gaberlガーベルル峠(1547m)もローマ街道の記録がある。
 ・ Solkscharteゾルクシャルテ峠・・・Solkpass峠(1790m)も通った記録がある。
 ・ Radstadter-Tauern Passラートシュテッター・タウエルン峠(1738m)
 ・ Katschbergカッチベルグ峠(1641m)
   (Nassfeldpas峠(1530m)=中世?)
 ・ Pontebbaポンテッバ (or Saifnitzザイフニッツ)峠・・・Camporosso分水嶺(816m)
 ・ Plockenプレッケン峠(1362m)
 ・ Dobbiacoドッビアーコ峠(1170m)
   (Arlbergpassアールベルク峠(1793m)=中世になっての峠道)(p78)
 ・ Schanitzpassシャルニッツ峠(964m)
 ・ Brennerブレンナー峠(1374m)
 ・ Resiaレージア峠(1508m)

<街道>
 ◆Via Claudia Augustaヴィア・クラウディア・アウグスタ街道(イタリア-オーストリア-ドイツ:古代ローマの道)
 ◆Via Iulia Augustaヴィア・イウリア・アウグスタ街道(イタリア-オーストリア-ドイツ:古代ローマの道)

<URL>
 ○http://de.wikipedia.org/【wiki/アルプスを越えるローマ街道:上記以外に・・Bone en Bez、Via Gemina、Via Raetia、Itinerarium Antonini】  ○Bone en Bez
 ○Via Gemina
 ○Via Raetia
 ○Itinerarium Antonini



 ★ケルンテンにおける古代ローマの遺跡(1843-70調査):
   Aquileiaアクイレイア〜MariaSaalマリア・ザールのルート(p.251)

    <スロベニア地名⇔ドイツ地名変換
 ・Aquileiaアクイレイア
 ・Goerz(?)ゲルツ付近(イソンツォ川橋際)=最初の宿駅=Gorizia(?)(p.251)
 ・(?)(Wippach/Vipavaヴィパヴァ川沿い)=2番目の宿駅(p.251)
 ・(?)(プラニナ牧場)=3番目の宿駅=峠の宿場(p.251)
  =? Razdrto(574m)=Prewald(wiki)
 ・(?)(Logatec=Lohitschロイチュ)(p.251)
 ・Nauportusナウポルトゥス(古代名)=Vrhnikaブルフニカ(p.250)=Oberlaybach(独)オーバーライバッハ(p.251)
 ・Aemona/Emonaエモナ(古代名)=Ljubljanaリュブリャナ/Laibach(独)(p.250+325)
 ・Savaサーヴァ川渡河点(p252)
 ・クライン=?Kranjクラーニ/Krainburg(独)
 ・ウペルム=Weitensteinヴァイテンシュタイン/現在名ヴィタンニュ・・Velenjeらしい?
 ・Huda Luknjaフダ・ルクナ峠/鞍部(Pakaパカ谷:Mislinjaミスリンニャ谷=Misling(独)
 ・Windischgratzヴィンディシュグレーツ(独)=コラティオ(古代名)=Slovenji gradec
 ・ユエンナ(Globasnitz(独)グロバスニッツ近く=Globasnica(Slo)(*Museum)
 ・Virunumウィルヌム=Klagenfurtクラーゲンフェルト(Noricumノーリクムの中心地)
 ・Zollfeldツォルフェルト平野
 ・MariaSaalマリア・ザール


スイスの「ローマの道と峠」
スイスへの道
【ローマ〜スイスの道(p201):クリックで拡大】
スイスへの道
【赤:峠名】

<北東から>

●黄土色線=ローマ街道。古代ローマ帝国が欧州を制覇し、支配するために設けた軍用、施政の道路。新しく建設したと言うより以前の通商道路を拡大、改良したというべき。古代ローマ帝国崩壊後も通商、巡礼の道としてにぎわう。
●青線=スイス巡礼の道。スイス国内、ドイツ、東欧からスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラに向かう巡礼の道。10世紀頃にピークとなる。巡礼者の便宜を図って修道院が多く出来る。古代の通商路とローマ街道の一部が利用され発展した道路。
<www.myswiss.jpより>
   (Stelvio -Passo delloステルヴィオ峠(2758m)>=中世になっての峠道)(p78)
   (Berninapassベルニナ峠(2328m)=中世になっての峠道)(p78)
   (Ofenpassオッフェン峠(2149m)=中世になっての峠道)(p78)
 ・ Malojapassマロヤ峠(1815m)
 ・ Julierユーリア峠(2284m)
 ・ Septimerゼプティマー峠(2310m)(p202)
 ・ Splugenシュプリューゲン峠(2113m)
 ・ San-Bernardino-Passサン・ベルナルディーノ峠(2066m)ローマ時代にも若干の通行があった模様?
   (Lukmanierルコマーニョ峠(1916m)=中世になっての峠道)
   (Sankt-Gotthard-Passサン・ゴタード峠(2108m)=中世になっての峠道)(p78)
   (Furkapassフルカ峠(2436m)=中世になっての峠道)(p78)
   (Nufenenpassヌフェネン峠(2478m)=中世になっての峠道)(p78)
   (Gries passグリース峠(2479m)=中世になっての峠道)(p78)
   (Spimplonpassシンプロン峠(2005m)=中世になっての峠道)(p78)
 ・ Gr.St Bernardsグラン・サン・ベルナール峠(2473m)・・・カエサル:ガリア戦の3年目:ガリアからイタリアへ(p219)

<街道>
   ☆スイス歴史街道【ローマの道/巡礼の道/ヴァルサー人の道情報】


フランス(ガリア)の「ローマの道と峠」
ガリアへの道
【ローマ〜ガリアの道(p068):クリックで拡大】
ガリアへの道
【赤:峠名、主要都市】

<北東から>
Donnasドンナ:アオスタ街道の車輪跡 Pont Saint Martinポン・サン・マルタン:Ponte-Romano:BC1世紀建造のオリジナルの橋  ・ Gr.St Bernardsグラン・サン・ベルナール峠(2473m)
  〜Donnasドンナ(石畳:アオスタ街道の車輪跡)
  〜Pont-St.Martin(アーチ石橋)〜
 ・ Pt.St.Bernards小サン・ベルナール峠(2188m)グルノーブル〜峠〜アオスタ〜
 ・ Col du Moncenisモンスニ峠(2084m)(p76)
 ・ Col du Lautaretロータレー峠(2058m)
   フレジュス峠(=Roueルール峠(2058m)のこと?)=中世になっての峠道か?(p78)
 ・ Mont Genevreモン・ジュネーヴル峠(1854m)ローヌ川〜デュランス川〜峠
  〜Susaスーサは、アルプス以遠のローマ道路として最古(p76)
 ・ Col de Larcheラルシュ峠(1991m)=古代ローマの道といわれるが、中世になっての峠道かもしれない。(Encyclopedia-1911edition-ALPS)
 ・ Colle di Tendaテンダ峠(1908m)ポー川流域からニース海岸へのルート(p76)
 ・ La-Turbie ラ・トゥルビ峠(480m) ユリウス・アウグスタ街道の海岸ルート


<URL>
 ○
http://en.wikipedia.org/【Wikipedia英語】
 ○http://de.wikipedia.org/【Wikipediaドイツ語】
 ○http://ja.wikipedia.org/【Wikipedia日本】
 ○http://www.straderomane.it/【Discovering Roman Roads】
 ○http://www.geocities.ws/ausslokon/【SLOVENIAN HISTORY】
 ○http://www.savel-hobi.net/leksikon/【スロベニアの歴史:ローマ時代】
 ☆http://images.google.co.jp/【Roman stoneローマ石に関する画像】


<参考資料>
 本『古代ローマへの道』Hermann Schreiberヘルマン・シュライバー著、関楠生訳、河出書房1989.2・・・(p.xx)と記
 本『道の文化史』Hermann Schreiberヘルマン・シュライバー著、関楠生訳、岩波書店1960.6・・・(m-p.xx)と記
 本『山』ミシュレJules Michelet(フランス:1798-1874)著、大野一道 訳。藤原書店(グラウビュンデンへの道 p.168〜)
 本『ローマの道の物語』藤原武著、原書房
 本『中世ヨーロッパ』Donald-Matthew(レーディング大教授)著:朝倉書店・・(中世ヨーロッパp.xx)と記
 B『Encyclopedia-1911edition:ALPS』 など


Dr. Hermann Schreiber ヘルマン・シュライバー(1929-2014):オーストリアの 歴史家
Dr. Hermann Schreiber


Jules Micheletジュール・ミシュレ(1798-1874年):フランスの歴史家
ミシュレ
ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る 峠indexへ戻る [街道]

[峠マルチIndex]/[1位]/ [10]/ [20]/ [30]/ [40]/ [50]/ [60]/ [70]/ [80]/ [90位]/ [1000m未満]/ [歴史/登山峠]/[トンネル]/ [解説]/[アルプスと歴史]/ [街道]/ [鉄道]/
[LINK/FAQ/情報提供]/ [フランス]/

ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】
AXcount