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琥珀街道/塩の道/
 古代ローマの道(ローマ軍用道路)とアルプスの峠
Amber-Strase(Amber highway)/Salt-Road/Roman-Road/Alpen-Pass ⇒【アルプスの歴史も参考に】


●「すべての道はローマに通ずる、一千年間の世界の支配者ローマ、古代ローマの軍用道路」といわれる『古代ローマの道』。
さらに歴史がさかのぼり、「ヨーロッパの先史時代、ケルト人のハルシュタット文明時代」の『琥珀街道』。
これらのルートと、『ヨーロッパアルプスの峠』。

 この接点について少しずつ整理していきたいと思います。
どこに、いつごろから、誰が作って、誰がどのように使ったか・・・などを
まず、各街道のルートと、アルプスの想定できる峠名を整理してみました。(2003.7.20)

■琥珀(コハク)街道/塩の道

 琥珀街道は、バルト海/北海の海岸の琥珀(数千万〜数億年前の樹木の樹脂が、土砂などに埋もれ化石化したもの)を扱う北方の琥珀商人や毛皮商人と、南方のエトルリア(ローマ帝国成立以前に北部イタリアに住んでいた民族)の装飾品・金細工などの工芸商人との交易が盛んになるにつれて、地中海・アドリア海方面との道もつくられていった。

紀元前2000年頃にはすでにできていたというが、ヨーロッパ文明の最初の時代、ケルト人の「ハルシュタット文明」(BC750-450)のころには、主な商品の名によって「琥珀街道」として、北・南の商人が行き来した。この街道は同時に、様々な民族や国の相互交流の役目も果たした。

 ハルシュタットの先史時代の墓には、これらの琥珀・金細工などが発見される。ここは岩塩坑によって重要な商業中心地のひとつだった。(シュライバー著『道の文化史』などから)

 <塩の道>
 塩は食物の保存のためなどで需要が増し、海岸・岩塩・塩井のある地との交易路<塩の道>が、古くから世界各地で作られた。琥珀街道でも、主要商品として塩が運搬されていた。

琥珀街道 琥珀街道
【左:先史時代の琥珀の道 概略(m-p.7)、  右:バルト海の琥珀街道のルート(p.321)】
【本:『図説:ケルト文化誌』バリー・カンリフ著、原書房p60】


<東から>
 ・Solkscharteゾルクシャルテ峠(1790m)
 ・Radstadter-Tauern Passラートシュテッター・タウエルン峠(1738m)
 ・Katschbergカッチベルグ峠(1641m)
 ・Pontebbaポンテッバ峠(816m)
 ・Brennerブレンナー峠(1374m)


 i:Solkpassの旅行記【「塩の道」も参考に】
 i:Celje〜Ljubljana〜Postojnaの旅行記【「琥珀街道」も参考に】
 ○http://www.hallstatt.net/【salz strasse Geschichte:塩の道の歴史・ハルシュタット】

■古代ローマの道(ローマ軍用道路)と峠

●オーストリア・スロヴェニアの「ローマの道と峠」

オーストリアへの道
【ローマ〜オーストリア・スロヴェニアの道(p244)】

イタリア・オーストリア国境付近の古代ローマの道 【赤:オーストリア/スロベニア内のルート、地名、想定峠名】
・アクィレイア〜エモナ〜ケレイア〜ポエトウィオのルートはウィーンに続いている。
・この琥珀街道のルートが古代ローマの道になる。】
【スロベニアのアルプス名などに出てくる「Juli--/ユリア」の 「Gaius-Julius-Caesarガイウス・ユリアス・カエサル(シーザ)(BC100-BC44)」も、 このバルト海の琥珀とその街道の調査を指示したとの記録もある(p.320)】

<東から>
 ・ Gaberlガーベルル峠(1547m)もローマ街道の記録がある。
 ・ Solkscharteゾルクシャルテ峠・・・Solkpass峠(1790m)も通った記録がある。
 ・ Radstadter-Tauern Passラートシュテッター・タウエルン峠(1738m)
 ・ Katschbergカッチベルグ峠(1641m)
   (Nassfeldpas峠(1530m)?
 ・ Pontebbaポンテッバ (or Saifnitzザイフニッツ)峠・・・Camporosso分水嶺(816m)
 ・ Plockenプレッケン峠(1362m)
 ・ Dobbiacoドッビアーコ峠(1170m)
   (Arlbergpassアールベルク峠(1793m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
 ・ Schanitzpassシャルニッツ峠(964m)
 ・ Brennerブレンナー峠(1374m)
 ・ Resiaレージア峠(1508m)

 ◆Via Claudia Augustaヴィア・クラウディア・アウグスタ街道(イタリア-オーストリア-ドイツ:古代ローマの道)



スイスの「ローマの道と峠」
スイスへの道
【ローマ〜スイスの道(p201)】
スイスへの道
【赤:峠名追加】

<北東から>

●黄土色線=ローマ街道。古代ローマ帝国が欧州を制覇し、支配するために設けた軍用、施政の道路。新しく建設したと言うより以前の通商道路を拡大、改良したというべき。古代ローマ帝国崩壊後も通商、巡礼の道としてにぎわう。
●青線=スイス巡礼の道。スイス国内、ドイツ、東欧からスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラに向かう巡礼の道。10世紀頃にピークとなる。巡礼者の便宜を図って修道院が多く出来る。古代の通商路とローマ街道の一部が利用され発展した道路。
<www.myswiss.jpより>
   (Stelvio -Passo delloステルヴィオ峠(2758m)>は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
   (Berninapassベルニナ峠(2328m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
   (Ofenpassオッフェン峠(2149m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
 ・ Malojapassマロヤ峠(1815m)
 ・ Julierユーリア峠(2284m)
 ・ Septimerゼプティマー峠(2310m)(p202)
 ・ Splugenシュプリューゲン峠(2113m)
   (Sankt-Gotthard-Passサン・ゴタード峠(2108m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
   (Furkapassフルカ峠(2436m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
   (Nufenenpassヌフェネン峠(2478m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
   (Gries passグリース峠(2479m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
   (Spimplonpassシンプロン峠(2005m)は中世になっての峠道)(中世ヨーロッパp78)
 ・ Gr.St Bernardsグラン・サン・ベルナール峠(2473m)・・・カエサル:ガリア戦の3年目:ガリアからイタリアへ(p219)


   ☆スイス歴史街道【ローマの道/巡礼の道/ヴァルサー人の道情報】


フランス(ガリア)の「ローマの道と峠」
ガリアへの道
【ローマ〜ガリアの道(p068)】
ガリアへの道
【赤:】

<北東から>
Donnasドンナ:アオスタ街道の車輪跡 Pont Saint Martinポン・サン・マルタン:Ponte-Romano:BC1世紀建造のオリジナルの橋  ・ Gr.St Bernardsグラン・サン・ベルナール峠(2473m)
  〜Donnasドンナ(石畳:アオスタ街道の車輪跡)
  〜Pont-St.Martin(アーチ石橋)〜
 ・ Pt.St.Bernards小サン・ベルナール峠(2188m)グルノーブル〜峠〜アオスタ〜
 ・ Col du Moncenisモンスニ峠(2084m)(p76)
 ・Col du Lautaretロータレー峠(2058m)
   フレジュス峠(=Roueルール峠(2058m)のこと?)は中世になっての峠道か(中世ヨーロッパp78)
 ・ Mont Genevreモン・ジュネーヴル峠(1854m)ローヌ川〜デュランス川〜峠
  〜Susaスーサは、アルプス以遠のローマ道路として最古(p76)
 ・Col de Larcheラルシュ峠(1991m)も古代ローマの道といわれるが、中世になっての峠道かもしれない。(Encyclopedia-1911edition-ALPS)
 ・ Colle di Tendaテンダ峠(1908m)ポー川流域からニース海岸へのルート(p76)


URL:
 ○
http://en.wikipedia.org/【Wikipedia英語】
 ○http://de.wikipedia.org/【Wikipediaドイツ語】
 ○http://ja.wikipedia.org/【Wikipedia日本】
参考資料:
 本『古代ローマへの道』Hermann Schreiberヘルマン・シュライバー著、関楠生訳、河出書房1989.2・・・(p.xx)と記
 本『道の文化史』Hermann Schreiberヘルマン・シュライバー著、関楠生訳、岩波書店1960.6・・・(m-p.xx)と記
 本『山』ミシュレJules Michelet(フランス:1798-1874)著、大野一道 訳。藤原書店(グラウビュンデンへの道 p.168〜)
 本『ローマの道の物語』藤原武著、原書房
 本『中世ヨーロッパ』Donald-Matthew(レーディング大教授)著:朝倉書店・・(中世ヨーロッパp.xx)と記
 B『Encyclopedia-1911edition:ALPS』 など

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Dr. Hermann Schreiber Dr. Hermann Schreiber ヘルマン・シュライバー(1929-)


ミシュレ
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