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Susa
【r065.jpg:Porta Savoiaサヴォイアの門(3-4世紀建造)は魚のうろこのようにも見える】

Susaスーザ(ローマ時代の名:セグシオ)

紀元前13-8年・・ケルト、ガリア時代からの古代ローマの建物群。
一晩中、峠を展望できる街・宿・・

イタリア:ピエモンテ州・トリノ県】  [北村 峠一].(Kitamura)      


 リス峠を南に下り、西にフランス方向を目指します。この広いスーザ渓谷には、国道レベルの道が2本(SS24、SS25)、高速道路1本(A32)、TAV高速鉄道も計画されている鉄道と、フランス・イタリアをつなぐメインルートです。でも僕たちが走ったSS25の一般道は日本と比較にならないほどの車が少なく、道路巾なども十分な快適さです。

 そして3年前に通過したスーザの町、前回モンスニ峠に向かって曲がった付近で3☆の宿を見つけ、すぐ旧市街の散策に出ます。

 ここスーザはアルプスからポー川の大平原に入る玄関の町、主要道モンスニ峠モンジュネヴル峠からの街道が合流した関門の位置にある町です。そのためケルト、ガリアの時代からここは重要な集落だったようですが、紀元前13世紀頃にはローマの勢力がこの地を押さえ、町づくりを進めてきたのです。(伝承上のローマ建国はBC753年)

 この古代のローマ旧市街の想定図のように、周囲は城壁に囲まれ、北の丘にはSantaMaria砦が築かれるなど、外敵への守りも築いたのです。
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【r059.jpg:右:聖ジュスト大聖堂Cattedrale di Sa.Giusto(11C建造)はロマネスク様式で、51mもの高さがある鐘楼(15C)はゴシック様式】
Susa
【スーザは、アルプスの主要道、モンスニ峠モンジュネヴル峠
両方の関門の位置にある】

(By www.comune.torino.it) 【ローマ時代のスーザは城壁に囲まれていた。
Santa Maria砦が北の山にある 】


 聖ジュスト大聖堂Cattedrale di Sa.Giusto(11C建造)はロマネスク様式、内部の天井などの色彩は印象的です。広場を囲む建物群、51mもの高さがある鐘楼(15C)、魚のうろこのようにも見えるPorta Savoiaサヴォイアの門(3-4世紀建造)、建物の下のアーケードなど、古い遺跡だけでなく、あちこちの窓にかかっているカーテンなどからも、今ここに町の人たちが住んでいるのだという生活観を感じます。

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【r064.jpg:聖Giusto教会の内部。天井の紫色が印象的】
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【v958.jpg:旧市街の建物の下はアーケードになっている】

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【r069.jpg:教会鐘楼脇から見る旧市街】
Augustus

アウグストゥス

wikipedia:Augustus Caesar
・イタリア名Augusto

・BC62.9.23 -AD14.8.19

・ローマ帝国の初代皇帝(BC27-AD14)。


<参考:紀元前・後の表記>
 紀元前・後のイタリア語の表記は他の国と違いまぎらわしい。
 イタリア語:紀元前=A.C.(avanti Cristo/ante Christum)。紀元後=D.C.(dopo Cristo)
 英・独・仏語とも:紀元前=B.C.(Before Christ) 紀元後=A.D.(Anno Domini)

 アウグストゥス像のある公園脇のArco di Augustoアウグストゥス門は、紀元前13-8年(*)のものといいます。その保存状態は驚きです。その先にあるAcquedotto Romanoはローマ水路。この都市への水道を、石橋で遠い山から誘導してきたものでしょう。
(*:旅当時の「イタリア旅行協会公式ガイド1:ミラノ・イタリア北西部p268)」に、Cozii族の王、Cozio1により皇帝に敬意を表し紀元前8世紀に建てられた。とあってBC8世紀と信じたが、⇒BC8年の間違いだった。)

 日本では、山の湧き水などは飲用できますが、このアルプスでは、大量の牛・羊などを高い山の上まで放牧し育て、排泄物が地中に流れ込みますから、湧き水といっても危険なのです。そのため遠方から安全な水を水道橋を造って引っ張ってくる必要があったのです。

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【r072.jpg:左:Arco di Augustoアウグストゥス門(紀元前13-8年)は、北イタリアの最良の保存アーチの1つ。そこには条約や皇帝について言及した碑文がある。
右:Acquedotto Romano (Terme Graziane) (4世紀):ローマ水路:柱とアーケードはケルト族の祭壇のあと】


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【r075.jpg:聖ジュスト大聖堂Cattedrale di Sa.Giusto(11C建造)とその右Chiesa di S.Maria Maggioreサンタ・マリア・マッジョーレ教会(聖なるマリアにささげられた教会の意味)。復元図では、城壁に囲まれた個所】 【r077.jpg:Castello城址から見る旧市街】

 城の遺跡がその奥にあります。ここは初期のサヴォイア家Oddoneに嫁いだAdelaidアデレードが生まれたところ、サヴォイアに深いつながりのある町。
 1077年「カノッサの屈辱」で、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世(位1056-1106)がモンスニ峠を越え、教皇グレゴリウス7世の滞在するのカノッサ城に向かったとき、彼の妻ベルタとその母アデレードも同行したのです。
 その城壁付近からは旧市街が見渡せ、さらにその先にはローマの円形劇場の遺跡もあります。

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【v982.jpg:Anfiteatro Romanoローマ円形劇場 (2世紀):旧市街隣接ののすぐ外、剣闘士と野獣の戦いが行われた】

 町を歩き回った後のビールは、のどを通過し若干疲れた足までジワーッと潤してくれます。ここ「Piazza IV Novembre:11月4日広場」はまさに町の中心。二つの峠道からの道路も連結しているところで、人の行き来を観察するのも楽しいものです。

 ところで、イタリアのあちこちに「11月4日広場」という名前の広場がありますが、調べてみるとどうやらこれは1918年11月4日『第一次世界大戦の休戦発効』の日を祝ったもののように推測します。その前年、イタリアは「カポレットの戦い」でドイツ・オーストリア連合軍に大敗。3週間で150kmの敗走、死者1万、負傷者2万、捕虜29万3千、脱走者30万もの屈辱的な敗退のあと、戦勝国として南チロルなどの領地を獲得した日。当時は国を挙げての祝いと、各地でこの記念日の名をつけた、大戦慰霊碑が設置された広場があるのでしょう。

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【va28.jpg:町の中心広場Piazza IV Novembre11月4日広場に陣取ります。左の教会:Chiesa di Santa Maria del Ponte (13世紀) 】

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【va43.jpg:広場で街行く人を観察します。後ろにいるのはちょっと強面のおにいさん。小さな子供連れの家族は動きがあって見ていて楽しい】

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【v930.jpg:左2つ旧市街F.Rolando通りの散策で。その右:Ripapia橋を行く子供連れは美人。尼僧たちも行きかう】


 ちょっとここで、泊まったお勧めの宿を紹介しておきます。「Hotel Du Parc」という3☆ホテルで、モンスニ峠に行く角から、ちょっと路地に入ったところ(図のH8)にあります。町の中心まで歩き3分、清潔な部屋は南〜西の展望が最高で、寝ながらもこの景色が堪能できるのです。

 人なつっこい犬たち、一日中サンベットで日焼けしながらうたた寝しているマダム、かいがいしく働くマスター、朝ちょっと会って峠情報を貰った元気な息子さん。実はマスターと出発前に記念写真撮ったのですが、MOのどこからも出てきません。(以下のBlogメモ参照) 写真を送ることも出来ず残念です、お詫びしなくては。

Hotel Du Parc 3☆
Via Rocchetta,
15 10059 - Susa(TO)
Tel 0122 622273
Fax 0122 31027

70eur/2人B&B≒9.8k\

他の宿
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【v907.jpg:宿の北にある岩山の上にある建物が、ローマ時代からこの街を守ったのSanta Maria砦。現在はS.Anna砦という名前】 【v906.jpg:Parcホテルの人懐っこい犬たち。マダムは一日中サンベットで日焼け】

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【旧市街は川の南、ホテルは北。
泊まったHotelは8番】
 ここがお勧めなのは、旧市街の教会の塔などが見えるというだけではないのです。息子さんが教えてくれたように、南にはジープ・レベルでしか走れない未舗装道路の悪路「Coll delle Finestreフィネスト峠(2176m)」(途中の1400mほどまでは乗用車でも可)、北には「Col du Mont cenisモンスニ峠(2084m)」から冬季オリンピックの「Sestriere セストリエールに続く山岳道路とたくさんの峠」、西「Col de Montgenevreモンジュネーヴル峠(1850m)」。さらに彼が3年前に行ったときにはすでに舗装道路だったという、僕たちの次の目標峠「Col de l'Echelleエシェル峠(1766m)」、ハンニバル伝説のある「Col Clappierクラピエ峠(2482m)」もあのあたりのはず・・と峠を夜中展望出来る宿なのです。

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【va19.jpg:泊まった角部屋は、南と西が展望できる最高の眺め】

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【r055.jpg:左手最高山の向こう側にC.d.Finestre(2175m)の未舗装道路(ジープレベルしか走れない)がある。町の中央の教会の鐘楼Cattedrale di Sa.Giustoが見える。右手遠方はスーザ渓谷の突き当たり、フランス国境のRrs.Charnirs(3067m)/M.Chaberton(3136m)あたりだろうか。右の山がハンニバル伝説のあるクラピエ峠周辺、M.Nible(3365m)】

Susa
【va06.jpg:西を拡大:フランス国境のRrs.Charnirs(3067m)/M.Chaberton(3136m)の向こう側に、次の目標峠「エシェル峠」がある】


<Susa関連のサイト>

 ○http://www.cittadisusa.it/【Susa市内の観光ガイドも】
 ○http://www.overnatte.com/【Susa】
 ○http://www.comune.torino.it/musei/【Susaの砦とサヴォイアの歴史地図】

 ☆トリノ付近のホテル検索【JHC:広域ホテル検索鉄道・コンサートなどオプション
 ☆トリノ付近のホテル検索イタリア全域のホテル:地図から検索も】
●イタリア・トリノ:2006年冬季オリンピック関係




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