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[用語]
Petit Saint Bernard -Col du
プティ・サン・ベルナール峠
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| No.:総合順位 (-N:追加) |
25 | Hight(m):標高 | 2188m | Alpenpasse:峠名 | Petit Saint Bernard -Col du プティ・サン・ベルナール峠/ ピッコロ・サン・ベルナルド峠/Little St Bernard Pass | Country:国 | Fr/It:フランス/イタリア | Route-no, Place:場所 (Motorway=高速:Tunnel=トンネル) (Map-page-address:*1) |
●大分水嶺(東=Dora-Baltea〜Poポー川〜(地中海:Adriaアドリア)。西=Isere〜Rhoneロ−ヌ川〜(地中海) ・Fr/It:アルベールビル〜アオスタ ・SS26/N90's Petit St. Bernard Pass, Aosta to Bourg-St.-Maurice, France. 45.680347,6.8839 (64-gf74)
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Closed/Maximum grade(%)/etc : 道路閉鎖時期/勾配/条件 |
・11-6月頃閉鎖(10月中-6月中の記載もある) ・maximum grade is 8.3 percent ・minimum width is 5 meters (16 ft.); no vehicles over 15 metric tons (15,000 kg); not recommended for caravans. |
Impressions:感想: 峠両側の集落・歴史的役割 ・成立要因推測など |
●モンブラン(モンテ・ビアンコ)の近くは、今でこそモンブラントンネルで通行可能ですが、昔は極めて通行が不便で、この峠と大(グラン)サン・ベルナール峠2469mの比較的低いところにルートがあった。これらの峠では、新石器時代の人間、エトルリアの商人、ケルト人などの遺物が発掘されているが、実際にはもっと古い時代から夏の好季を利用して人間が往復していたようだ。ローマ時代には重要な街道になり、岩を掘削して通りやすくした跡が各所に残っている。(シュライバー著、関楠生訳『古代ローマへの道』) ●BC218年(2200年以上前)ハンニバルが象と越えた峠としていくつかの候補がありますが、この峠もかなり有力だと言われています。→詳細はこちら参照 (Googleマップでルート確認) ・BC500-AD400年頃:古代ローマ時代の道も、この峠を通過するように作られた。 ●この峠道はローマに赴く巡礼に利用されましたが、悪天候に遭難する者があとをたたなかった。アオスタの僧ベルナルドが、11世紀の末ごろ峠(大小の二つの峠とも)の最高点に救援所を設け、何人かの修道士と救助犬ともにそこに常駐し、旅人の救援に尽力した。没後その高徳が認められて聖人に列せられた。12世紀になってから、聖ベルナルドを記念して現在のような名前になった。峠のあちこちに聖者の像が立っています。 ●1793年のイタリア戦線も参照。 |
YYYY.MM.DD(Site):通過日 旅の記録・写真へのLINK |
1998.6.30(H-site)
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●EU-Alps 峠の茶屋: 掲示板:問合せなども |
●旅のGET: |
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Petit Saint Bernard -Col du
ピッコロ・サン・ベルナルド峠
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