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Splugenpass / Montesplugaスプリューゲン峠     


No.:相対順位
  (-N:追加)
30

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●赤は大分水嶺
Hight(m):標高 2115(2113)m
Alpenpasse:峠名
Valley/Tal:渓谷名
Splugenpass /Spluga -Passo dello/ Montespluga スプリューゲン峠
Country:国 Ch/It:スイス/イタリア
Route-no,
Place:場所
(Motorway=高速:Tunnel=トンネル)
(Map-page-address:*1)
●大分水嶺(南=Liro〜Meraメラ川〜Poポー川〜(地中海:Adriaアドリア)。北=Rheinライン川〜(北海:North-Sea)
・Ch/It:クール南
・SS36's Splugen Pass, Chiavennaキアヴェンナ:It to Splugen:Switzerland.
46.506191,9.329796 (33-kb69)
Lenzerheide
JulierMaloja
St-Bernardino
 − 
Closed/Maximum grade(%)/etc :
道路閉鎖時期/勾配/条件
・11-5月閉鎖(closed from early November through Juneの記述も)(年によって異なる)
・maximum grade is 13.3 percent
・minimum width is 3.1 meters (10 ft.); maximum vehicle height is 2.84 meters (9 feet 2 inches); maximum vehicle width is 2.32 meters (7.5 ft.); especially scenic; not recommended for caravans.
★現在の開通状況:以下のサイトを参照
  <Ferme/Gesperrt/Chiuso=閉鎖、Ouvert/Frei/Aperto=開通>
Impressions:感想:
峠両側の集落・歴史的役割
  ・成立要因推測など
・この交通路は、ローマ時代以前から使われており、コモにケルト人のインスブリ族の町があった。紀元前2世紀にこれを征服したローマ人も、コモ湖と峠を整備・活用した。
古代ローマ時代の道も、この峠を通過するように作られた。
ローマ時代、中世のスイスアルプス越えの交通路(略図)は、このシュプリューゲン峠の「下の道Untere Strasse」と、ユーリア峠とマロヤ峠、またはゼプティマー峠を通る「上の道Obere Strasse」だった。下の道は狭く厳しい道が多かったので、上の道の方が断然人気があった。
●悪名高い難所、ヒンターライン川が深く刻まれた渓谷、Via Malaヴィア・マラが主要な原因だった。
●19世紀にアルプス越えの鉄道が開設されるまでは、この峠や、ゼプティマー峠を通り、ローマに向かうときコモ湖を交通に用い、コモが交通・運輸の要地になった。コモ湖は長さが50km以上あり船で行き来した。
・1800年、フランスのマクドナルド将軍が全軍を率いてこの峠を越えた。
・1812年、オーストリアの技師カール・ドネガニが、軍事目的で峠の整備を監理した。
・1818-1821年にスイスの技師Richard La Niccaが、Viamalaヴィア・マラの悪名高い渓谷の難所を、今ある道路に近い道に作り変えた。

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<地理>
・ライン渓谷からシュプリューゲン峠をへて北イタリアのコモ湖にのびる線によって、構造のうえで西アルプスと東アルプスにわけられる。

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●峠をイタリア側に下り、湖を下った先に、急なジグザグのトンネルもある坂道があります(minakata坂と勝手に称ぶ)。・・・歩廊Platform/回廊Corridor/Passageway/Cloister/Gallery・・・

「シュプリューゲン峠」 に関する歴史家ミシュレJulesMichelet(フランス:1798-1874)の記述を見つけました。『山』という作品です(大野一道訳 藤原書店 6.アルプス高地の通行路p55〜)

シュプリューゲンの歩廊以上に堂々としたものは何もない。あれらはイタリアの才能が作り出した巨大な作品である。人はおびえ魅了される。あれらの道は、通行路という以上に、不可視のもののために深淵の上に立てられた宮殿といった様子である。あれらの歩廊には窓があって、すばらしいアーケードが山や断崖の眺めを縁取り、幻想的な印象を与えている。歩いていくと広大な光景が次々とやってきては、一瞬光りの中で認められ、あっという間に去ってゆく。まるであれらの円天井の歩廊全体が錯覚の世界であり、精霊たちが住む僧院のようなのだ。

130年以上前の状況でしょうが・・・芸術ですね
昔の峠馬車
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●サン・ベルナルディーノ峠のトンネルがあるため、この道への交通量は少ない
●EU(イタリア)とスイスの国境で検問がある
YYYY.MM.DD(Site):通過日

旅の記録・写真へのLINK
2001.6.30 〜 Minakata坂の歩廊Platform/回廊Corridor
 
<峠付近の花:花の写真図鑑へ

 
*Map by http://www.viamichelin.com/ , RV Reise-und Verkehrsverlag.EURO ATLAS.Die Alpen 1:300,000

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