ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る [ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ・写真・絵本]
峠indexへ戻る

[峠マルチIndex]/[1位]/ [10]/ [20]/ [30]/ [40]/ [50]/ [60]/ [70]/ [80]/ [90位]/ [1000m未満]/ [歴史/登山峠]/[トンネル]/ [解説]/[アルプスと歴史]/ [街道]/ [鉄道]/
[LINK/FAQ/情報提供]/

旅涯ての地
【『旅涯ての地』の「アッツォ村」はどこ?】

『旅涯ての地』の「アッツォ村」はどこ?

 皆さんはどこだと推定しますか? 構想・執筆で2年ほどイタリアに滞在した坂東眞砂子氏は、舞台のドロミテに何度も足を運んだようです。



 カヌ太郎さんから(2006.5.6)次のようなメールが来ました。

caprile
【51.jpg:Caprileカプリーレの南から見た
M.Civettaチヴェッタ山(3220m)】
・・「みんどろ(Yahoo掲示板:みんなでドロミテへ行こう!・・No3000付近)」で話題となった小説、坂東眞砂子氏の『旅涯ての地』を読んでいます。ベネチアと東ドロミテが舞台となっています。小説の内容はともあれ、登場する土地を特定するのがとても楽しいのです。ただ’アッツォ’という果ての地がどこかわかりません。私はチベッタの辺りと踏んでいるのですが。。


 そこで早速図書館から文庫本を借りてきまたが(2006.5.7))・・・じっくり読んでいる時間がなく・・・最終ページから逆に読み始めました。迷路ゲームが出口から解くと、比較的わかりやすいと同じかな?と考えて・・・ハードカバーの中古本を入手(2006.5.13)・・
M.Civettaチベッタ山周辺のミシュラン地図を開く

「ドロミテ案内」を開く【06:Marmolada/07:Pale S. Martino/14:Civetta】周辺か

 まだまだ推測で、正解は判っていません。調べたキーワードごとにメモ書きし、推測の地を書いてみました。
皆さんからも情報と写真などをお寄せください。
 ★<<<date 2006.5.17 [北村 峠一].(Kitamura)     


<調査・検討した項目>

●=項目、その中の「★」=調査すべき項目、「→」=結果が少しでも判ったもの、「・・・」=未調査・推測レベル、(yy.mm.dd)=記述日

●本の名
→坂東真砂子 『旅涯ての地』 角川書店(1998/10/31初版)(文庫:上/下2001/6出版)(2006.5.6)


●上巻:旅涯ての地〈上〉
→内容(裏表紙の文章)
13世紀、イタリア。元王朝クビライ・ハンに仕えたマルコ・ポーロ一族がヴェネチアに帰郷した時、一行の中に宋人(チャイナ)と倭人(ジパング)の血を引く奴隷がいた。 名は夏桂(カケイ)。密貿易に失敗した彼は奴隷に身を堕とし、マルコたちに買い取られたのだった。
その運命は、偶然手にした一枚のイコンによって大きく変転する。イコンは当時、邪教と呼ばれたキリスト教・異端カタリ派の所有するものであり、それはキリストの「聖杯」でもあったのだ。 そして夏桂は謎の女伝道師マッダレーナに導かれ、信者たちの隠れ住む“山の彼方(ウルトラ・モンテス)”へと旅立つが…。さまよう魂を救うのは、神なのか。構想五年の荘厳な歴史ロマン大作。(2006.5.7)


●下巻(2006.5.7):旅涯ての地〈下〉
→内容(裏表紙の文章)
“山の彼方”に辿り着いたマッダレーナと夏桂は司教ベルナルドを訪れ、イコンを差し出した。 その中には、『マリアによる福音書』が隠されていた。これこそ、カタリ派が探し求めていたものだった。
イエスの真の言葉がヘブライ語で書き記されているこの書が、ローマ教会の手に渡り、闇に葬りさられる前に、司教はラテン語への翻訳を急がせた。しかし、その衝撃的な内容を知った司教は倒れ、大子ジュリアーノまでが、異端審問官への密告で火刑に処される。夏桂がもたらしたイコンが、一つの村を、揺るぎないはずの信仰を、崩壊させてゆく…。直木賞作家が描く、イタリアを舞台にした荘厳な歴史ロマン大作。(2006.5.7)


●アッツォ・・
→?スペルはAzzoだろう。コルチナ・ダンペッツォがCortina d'Ampezzoだから。(2006.5.7)
→近隣にAzzoに類する地名はない。(2006.5.7)
→Azzoでネットを引くと・・<http://www.azzo.it/・・音楽などのサイト><256MB AZZO Brand Memory・・メモリーボード>・・で、それらしい地名はヒットしない。(2006.5.11)
→著者が複数のイメージを組み合わせた想像の地かも?なんて思ったりしています。(カヌ太郎さんから)(2006.5.13)

●上巻:裏表紙:13世紀、イタリア。元王朝クビライ・ハンに仕えた★マルコ・ポーロ一族がヴェネチアに帰郷
→マルコ・ポーロの旅は=1271-1295年(2006.5.8)

異端カタリ派
フェルナン・ニール 渡邊 昌美

異端カタリ派
グノーシス―古代キリスト教の“異端思想” 中世の異端者たち マニ教 マグダラのマリアと聖杯 修道院にみるヨーロッパの心
by G-Tools
●上巻:裏表紙:当時、邪教と呼ばれたキリスト教・★異端カタリ派の
Witch:ヨーロッパ・アルプスエリアの魔女・魔女狩り・魔女裁判(2006.5.9)
「カタリ派 (The Cathars) 」【The Most Mysterious Manuscript in the World】
→カタリ(Cathari)とは清浄派の意。極度に禁欲的な戒律を奉じたためにこの名が生じた。(2006.5.10)
→宗派の起源は3,4世紀。12世紀半ばライン川沿いの諸都市及び低地帯で発見・・14世紀半ばに根絶- 世界宗教大辞典 pp.358-359 (2006.5.10)


●下巻p405--エピローグ:蒼い霞のかかった山が聳えている。★指を立てたような山々の間から太陽が昇ってくると、岩肌は★薔薇色に輝きはじめた。
→指を立てたような山々の間から太陽が昇ってくる=山の西側にいる(2006.5.10)
・・・岩肌は薔薇色に輝く=ローゼンガルテンの山か?(2006.5.10)


M.Civettaチベッタ山周辺のミシュラン地図を開く

「ドロミテ案内」を開く【06:Marmolada/07:Pale S. Martino/14:Civetta】周辺か
●下巻p406-:背後には<★龍の背中>がそそり立っている。
・・・△△のとげとげなのか?(2006.5.10)


●下巻p406-:跡形もなく崩れてしまった★古城・・崖の一部にしか見えない・・かつて<★善きクリスト教徒>と自らを呼ぶ人々が住み・・
・・・跡形なければわからない?(2006.5.11)
・・・なにか歴史記録にない?(2006.5.11)


●下巻p406-:★カドーレとチロル伯領との境の険しい山岳地帯に腰を落ち着けた★アッツォ村の人たち・・
1914年のチロル 州境の地図
→チロル伯領とカドーレの境・・(2006.5.11)

→チロル伯はブレンナー峠より南側にある南チロルの領主。1248年、アンデックス伯オットー3世が子孫を残さず死去。遺領はチロル伯に譲られ、北チロルをも合わせ持つことになった。

→チロルの1914年地図によるエリアは、今のヴェネト州とトレンティーノ・アルト・アディジェ州の境とほぼ一致。

→山の西・・とあるから、北のトレチメ方面でなく、西境であろう。・・該当するエリアの地図。・・この州境の険しい山岳地帯のどこか


・・・アッツォ村はこの山の場所でははなく、出身の村?(2006.5.11)


●下巻p406-:★アンペッツォ村に出て行った
→コルチナ・ダンペッツォのことだろう(2006.5.11)
→アンペッツォについては下巻p80に、『ポイテ川に沿ってアンペッツォ村まで道がついているんだけど』とあるので、コルチナ・ダンペッツォで間違いないのではないでしょうか。(カヌ太郎さん:2006.6.12)


●下巻p407-:★異端の教えを信奉するものは減ってしまった。今では村に小さなローマ教会ができて
→異端伝説はこの付近にたくさん・・魔女も(2006.5.11)
→例えば、アルペ・ディ・シウージSciliar/Schlernシリアル/シュレルンの山Santnerspitze/Punta-Santner(2414m)の鋭い針の先(2006.5.11)
→「魔女のイス/ベンチ」から飛び立ち、頂上付近のHexelbankeヘックセルバンケ(2174m)で集まり、悪魔とともにダンスに興じる。Alpe di Siusiアルペ・ディ・シウージ一帯は、魔女たちがいろいろな超常現象を起こす場所として有名。(2006.5.11)
→1506年から1510年の間に、魔女に対する9つの裁判がVolsのProsels城で行われ、四つ裂きの刑にされた記録が残されている。チロル地方で最も古い、魔女裁判。
Witches Sciliar シリアル山の魔女(2006.5.11)

M.Civettaチベッタ山周辺のミシュラン地図を開く

「ドロミテ案内」を開く【06:Marmolada/07:Pale S. Martino/14:Civetta】周辺か

●下巻p399-:マグダラのマリア・・・
St. Maria Magdalena
St.Maria of Magdala
http://www.indocell.net/
マグダラのマリア・・St.Maria of Magdala マグダラの聖マリア(別名:マグダレナ、マグダラ、マドレーヌ、マグダナーレ)、娼婦の守護聖人。イエスと出会い、高価な香油を注ぎ、信仰の道を歩み「改悛した娼婦」に。復活したイエスが最初に現われたのは、このマリアにであり、彼女が他の弟子たちにイエスの復活を告げた。(2006.5.11)




●上巻p388-:ペラガローネ村・・『ペラガローネ村は、マエ急流とピアーヴェ河の合流点にあり・・』に着いたのは・・
→ペラガローネ村はおそらくlongoroneのpirago辺りでしょうか。T.Maeと、F.Piaveが合流していることからこのあたりかと思います。(カヌ太郎さんから)(2006.5.12)

Longoroneロンガローネの町のすぐ東の対岸にはダムがそそり立って見え、ここで1963年に「ロンガローネの悲劇」が起きました。Vaiontヴァイオント川のダム上流で大きな地すべりが起き、その勢いでダム津波の水があのダムを飛び越え、ちょうど対岸にある、ここロンガローネ村に2125人もの死者を出したのです。(2006.5.12)


【左:ロンガローネ村の対岸に見えるダム。右:1963.10.9の地すべりと津波被害エリア】


→ここから疲れた旅人が歩いていける地を考え、アンペッツオに至らない地で、竜の背のそばの村がアッツォ。(カヌ太郎さんから)(2006.5.12)

→向うで購入したガイドブックには、このエリアでは「中世の城跡Andraz Castleが、Falzarego峠の南の九十九折の道沿いのAndrazの岩山の上にある」とあります。西暦1000年ごろからある城、ブレサーノネBressanoneの司教の臣下であるBuchenstein家の所有だったと書いてあります。(カヌ太郎さんから)(2006.5.12)

<以下、アッツォ村の場所の推測>


●Allegheアッレゲ村?(カヌ太郎さんから)(2006.5.12)

Alleghe村→下巻P67-から登場する村はずれの湖があります。『私は村の放牧地を下ったところにある湖のほとりに。。』『村人はこの湖をミネンガルドの盾と呼ぶ』。P68には、『水盤の私の後ろには、龍の背中の切り立った崖がそびえている』。P74には『あそこの魚はすぐわかる。渓流のやつみたいにやせておらん』
 龍の背、村、放牧地、湖(渓流の湖でなく魚が棲む)この位置関係からまだ見ぬ地ですが、Alleghe村を想像してしまいました。ちょっと山が湖に迫りすぎていますが。(カヌ太郎さんから)(2006.5.12)

→Alleghe村は、主要道路に接し、沼地のような湖に面した集落だったと思います。(2006.5.12)

→イタリア旅行協会公式ガイド(p67)によると、『アッレゲ:海抜979m、人口1468人。アッレゲ湖(長さ1500m、深さ18m)の先端にあり、1771年の地滑りで渓谷が埋まってできた村・・』とありますから、13世紀の頃にはこの湖はなかったと思われます。(2006.5.12)

→同ガイド:『居住区の上には「岩壁の王者」ともいうべき3220mの巨大なチヴェッタ山が迫っている』を考えると「Ultra-Montes」のイメージや、山から村の中を見下ろせるにはかなり一致します。(2006.5.13)

→Allegeのサイト:Alleghehttp://www.turismo.veneto.it/【旅行ガイド】

→Allegeのサイト:Alleghehttp://www.bergtouren-online.de/【村を見下ろしたシーン】

→Allegeのサイト:http://www.worldisround.com/【Jan Sidorowiczさん:Allege〜Falcadeの写真】




     【Falcade付近のmap:】


【2da2.jpg:ファルカーデから見た東:Civettaチベッタ山】  【西:Cima-Facobon(3054m)】


【州境にあるロッレ峠頂上から南東方面:Cimon de la Pala(3084m)の尖り。左Cima-Facobon(3054m)】
●Falcadeファルカーデ付近?(kitamura2006.5.12)

→・・漠然と・・・西に入る渓谷・・Falcade ファルカーデ周辺の谷と岩山の間にある小さな村では・・と・・(kitamura2006.5.12)

→「アッツォ村」の西に<山の彼方>があり、その西にチロル伯領=トレンティーノ・アルト・アディジェ州があり。そこに山越えで逃亡できる。(2006.5.12)

→チベッタ山が見える。(2006.5.12)

→地図はここ。(2006.5.12)


【Falcade北、Cime.dell' Autaチーメ・デッラーウタ(2624m)はマルモラーダの南の山】



【ファルカーデの西の丘の上にあるParrocchia di S. Sebastiano 教会】

●アッツォ村は、混沌ドロミテのどこか (kitamura 2006/5/17)

→みなさんの意見を読みながら、返信すら困難なほど ますます頭が混乱しています。
○ペラガローネ村(Longarone)から、多分Mae川をさかのぼり、Forno-de-Zold〜Staulanza峠付近まで行ったように読めるし・・(文中に「マエ急流を遡った」の記載有:aonehoさんから)
○Giau峠付近からコルチナやBoiteボイテ川の渓谷を見下ろしているようなシーンもあり・・
○AllegheやFalcadeへのCordevole川沿いなら、Longaroneまで行って、また山を下るのも変だし?
○ファルカーデや、aonehoさんの「Andrich、Sappada辺りの小さな村落」をアッツォ村にしようとすると、村を見下ろす「龍の背中」の絶壁はどこだろう?・・とか

どうもペルモ山からサンタ・ルチアSanta-Lucia付近に「龍の背中=?マルモラーダ山か、チベッタ山」を乗せ、その南/西壁の岩山の直下に「山の彼方=古城=ウルトラ・モンテス」、「アッツォ村」を作ったのでは? と思っています。
頭冷やした後、本を最初のページから読んで、位置関係を再整理してみます。

St. Maria Magdalena
St.Maria of Magdala
http://www.indocell.net/
●「ダヴィンチコード」に通じる話? (Kitamura 2006.6)

マグダラのマリアとの間に、キリストの子供がいたというストーリー。
 どこかこの本の中での話に通じる点があるようにも。




<チロル伯領(=トレンティーノ・アルト・アディジェ州)と、
  カドーレ(=ヴェネト州、ベッルーノ県)の境
分水嶺=峠▲・山・村=を、北東から南西へ、写真で追ってみます>


州境の地図
【茶色の線=州境=のどこかを西に越えた・・その東側にアッツォ村がある】
m-croce
【峠の東の眺め】
Monte-Croce di Comelico -Passoモンテ・クローチェ・ディ・コメリコ峠(1636m)/Kreuzberg passクロイツベルク峠

【峠の南西の眺め。ドロミテの岩山、Cma.Undici-Elferkofel山(3092m)方面】


【Cma.Undici-Elferkofel山(3092m)からトレチメ方面に続く3000mクラスの山】

tre-cime
【Forc-Lavaredo-Paternsattel峠(2454m)から見る:北にMte.Paterno/Paternkofel(2744m)親爺山、Dreizinnen-hutteドライチネン小屋(2405m)の方向。ここがアルプスの大分水嶺。東の谷の先はアウロンツォの方向、西にトレチメの北岩壁面】】
tre-cime
【Tre-Cime-di-Lavaredoトレチメ・ディ・ラヴァレード/Drei-Zinnenドライ・チネン。右Rif.Lavaredoラヴァレード小屋(2344m)】
Tre-Cime-di-Lavaredoトレチメ・ディ・ラヴァレード/Drei-Zinnenドライ・チネン
rif-auronzo
【アウロンツォ小屋からの北方面:トレチメの南の壁】

s-angelo
【トレチメ有料道路から北東を見る:Rinz川の支流Rio-di-Riniancoが作るRinbiancoリンビアンコ渓谷。左:ピアーナ山の麓、奥の山:Rautspitzen-Monti-Rudo(2799m)、右:Tre-Cimedi-Lavaredo】


【Dobbiacoドッビアーコから南を見る:Baranci(2966m)の山系、ランドロ渓谷】

【Rienztal渓谷から南・東を見る:トレチメが見える。左はRudo(2607m)など、右M.Piano(2305m)】
Cimabanche im Gsmark 峠【峠DB:コルチナの冬季オリンピックまでは、山岳鉄道が走っていたなだらかな峠】

州境の地図
【茶色の線=州境=のどこかを西に越えた・・その東側にアッツォ村がある】

【La-Villa/Stern ラ・ヴィッラ/ステルン村から東に見る:Sasso d.Crocek/Kreuzkofelの山。上空からの写真では、頂上が大きな平坦なスロープが東に削られているのですが、こちらは見事な崖。そして右手に縞模様】

【ファルツァレーゴ峠から北のヴァルパローラ峠方面】
Passo di Valparola ヴァルパローラ峠(2197m)(Passo di Falzaregoファルツァレーゴ峠(2117m))【峠DB】


【峠の東方面】
Passo Campolongoカンポロンゴ峠(1875m)【峠DB】

【峠の西方面:セッラ山塊に向かってスキーリフトが伸びている。一番高いのがPiz-Boeピッツ・ボエ(3151m)】


【ポルドイ峠から見る北側:セッラ山群】
Passo Pordoiポルドイ峠(2239mm)【峠DB】

【Arabbaアラッバから見る南・西側】

【Fedala/フェダラ峠から見る北側:北の山はLa-Mesola(2733m)】
Fedala/フェダラ峠(2047m)【峠DB】

【Fedala/フェダラ峠から見る南側:Marmoladaマルモラーダ(3343m)の北斜面の氷河。フェダイアのダム湖】

州境の地図
【茶色の線=州境=のどこかを西に越えた・・その東側にアッツォ村がある】

【S.Pellegrinoサン・ペッレグリーノ峠の北側の眺め。サン・ペッレグリーノ教会と西(左)方向がモエナ】
S.Pellegrinoサン・ペッレグリーノ峠(1918m)【峠DB】

【S.Pellegrinoサン・ペッレグリーノ峠の南側の眺め。東(左)方向がファルカーデ。正面霧の中の山がCol Margherita(2548m)のようだ。スキーリフトがある】


【Falcade ファルカーデの隣村Caviolaカヴィオラから見る北側の眺め:右Cime.dell' Autaチーメ・デッラーウタ(2624m)】

【Falcade ファルカーデから見る西側の眺め:左:Focobonフォコボン山(3054m)】


【Pso.di Vallesヴァッレス峠(2033m)の北・東側展望:峠の山小屋とその先がPradazzo(2276m)。その左はCol Margherita(2548m)、さらにC.di Bocche(2745m)】
Valles -Pso diヴァッレス峠(2033m)【峠DB】

【Pso.di Vallesヴァッレス峠(2033m)の南・西側展望】

州境の地図
【茶色の線=州境=のどこかを西に越えた・・その東側にアッツォ村がある】
Cimon d. Pala(3185m)
【ロッレ峠から見る尖ったCimon de la Pala(3184m)・Cima d. Vezzana(3192m)・Pale di San Martino山群】
Pso.di Rolle ロッレ峠(1989m)【峠DB】

【S.Martinoの南数kmから見る東の険しい岩山。左がS.Martino方面】


ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る 峠indexへ戻る

[峠マルチIndex]/[1位]/ [10]/ [20]/ [30]/ [40]/ [50]/ [60]/ [70]/ [80]/ [90位]/ [1000m未満]/ [歴史/登山峠]/[トンネル]/ [解説]/[アルプスと歴史]/ [街道]/ [鉄道]/
[LINK/FAQ/情報提供]/

ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】
AXcount