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Walser(ヴァルザー人・ヴァリス人・ワルザー人)
 ・・居住地と道



ヴァルサー地図 ヴァルサー地図

●歴史概略など

ヌフェネン峠フルカ峠グリムセル峠・・ この3つの峠で囲まれたローヌ川の深い渓谷の奥に、人が住み着いたのは6世紀。ケルト系のアラマン人がゲルマンの侵入で南西に移動し、グリムセル峠を越えて下ってきて、上部ヴァリスを占拠した頃からだろうとのことです。

ヴァルザーの家2012.6.13It-Val-Vogna-Frazione Peccia集落 ・ヴァルサー人は耕作可能な土地を求めて移動を続けた遊牧の民である。彼らは12世紀末から13世紀にかけて現在のヴァリス/ヴァレー州から東に進み、グラウビュンデンを経由し北イタリアまで移動した。

・彼らは自然環境が厳しく、過疎なアルプスの最も高い地域に移住した。荒れ果てた山の地での彼らの生活は容易ではなかったが、牛の繁殖と長い冬のアルプスで牛を維持するために必要な牧草の栽培で生計を立て、近隣の村人と取引した。これらの困難にもかかわらず、ヴァルザーのエリアは徐々に広がった。

・その存在は、封建領主、地主の和解によって歓迎されたので、拡大した。

・また、ヴァルザーは兵器使用にたけ、彼らの動員によって土地と領主の安全管理なども支援した。

・ヴァルサー人は入植に関して決定的な役割を果たし、アルプスの峠道の管理などに関与して多くの特権を享受していた。<swissworld.org

・各地でヴァルサー人は、アルプスの峠の荷役運搬などでも、重要な役割を担っていた。

・ヴァリスの原住民達は、実際に全アルプス圏に住み着き、いわゆるヴァルサー人としてアルプス圏にその文化と敬謙なキリスト教信仰の影響を与えた。<bestof-switzerland.ch

・13世紀に移民が頂点に達し、14世紀半ばにほぼ終わったが、一部では16世紀に移住した記録もある。

・ヴァリスドイツ語(ヴァルサードイツ語)/アレマン語(alemannisch):ドイツ語の方言、地方言語のひとつを話す。<Wiki

swiss-guard

<関連>
・ヴァリス人には、今もヴァチカンの衛兵に応募する特権がある。
 法王/教皇ユリウス2世(1443-1513:法王在位1503-13)は、スイス人・特にゴムスのヴァリス人のみ(注1)に、ミケランジェロがデザインした法王庁儀仗兵の玉虫色の制服着用の権利を認めた。(ミシュラン・ガイド:スイスp246、swissinfo)2004年現在衛兵数は100人。
 (注1:スイス衛兵の条件


ヴァルサー人の道 ヴァルサー人の道:
ヴァルサー人の移住ルート

●ヴァルサー人の道

・親は財産を一人の後継者に継ぎ、他の子供は新天地を求めアルプス各地の谷に分散移住していった。その街道を「ヴァルサー人の道」と呼んでいる。

・最初はイタリア・アルプス、その後スイス・グラウビュンデン州の高地、さらにオーストリア・フォアアールベルク地方にまで広がっていった。



<記事前の(nn)は、上段の「ヴァルサー地図」のエリアを示す>
Tschappina、Glaspassはヴァルザー人の居住地
【Tschappina、Glaspassはヴァルザー人の居住地・・かつては西のSafientalザフィーン渓谷から、東のThusisテューシスの間に街道が】

●スイスの居住地(想定する年代順)

・(00)ヌフェネン峠フルカ峠グリムセル峠の3つの峠で囲まれたローヌ川の深い渓谷の奥に、人が住み着いたのは6世紀。ケルト系のアラマン人がゲルマンの侵入で南西に移動し、グリムセル峠を越えて下ってきて、上部ヴァリスを占拠した頃からだろうとのことです。
・(00)Wallisヴァリス/Valaisヴァレー州のローヌ川上流【12世紀終わりに、最初のグループがヴァレー州地域と周辺のアルプスの谷に移住した。13世紀に移民が頂点に達し、14世紀半ばに終わった】
・(00)サースフェー:約700年前にこの地に移動してきた山岳民族のヴァルサー人の名残は、今も納屋の建築や風習などに見ることができる。そんな長い伝統は、村の民族衣装や、音楽、祭りなどに息づいている。夏季には村人たちの手づくり感あふれる素朴な行事や祭りが数多く開催される。<myswiss.jp
・(07)Bosco-Gurinボスコ・グリン【1240年頃、西のイタリアVal Formazzaフォーマッザ渓谷のワルザーが入植した】
・(22)Davosダヴォス・・【13世紀に移住:ミシュラン:スイスp246】
・(22)セルティックSertig(ダヴォス近郊):ヤコブスホルンとリナーホルンの間にあるセルティック谷は、ダヴォス・プラッツからバスで約30分。谷奥にあるセルティック村は、13世紀にヴァルサー人がヴァレー州から移住してきた。
  もともとロマンシュ語を話す地域だったが、中世にヴァルサー人が移住してきてドイツ語を話すようになった。モンビエールなど周辺の集落では、地名や家のつくりなどに、今でもヴァルサーの伝統が残っている。<スイス政府観光局HPより>
・(17)Jufユーフ【1292年移住の記録】
・(17)Aversアーヴェラス谷【Aversアーヴェラス谷には南から移住して来たらしい】
・(15)Tschappinaトシャッピナ高原/Glaspassグラス峠【1396年移住の記録】
 かつて、古代ローマ時代(〜5C)には、東のThusisからTschappina、Glaspass峠を経由し、Safientalへ抜け、さらにSafierberg峠(2486m)を越えてSplugenpass峠をつなぐローマの街道があったようです。
 その後の記録の中に、スイス・ローヌ川上流の上部ヴァリス谷に住む「Walserヴァルサー人」が、新天地を求め移動し、このGlaspassと、Tschappinaにも定住したことが、1396年の記録に残っているということです。
 グラウビュンデン州のヴァルザー人の分布を見ると、この付近の人たちは西の谷、Safientalザフィーン渓谷の方から移動したように推定できます。



●イタリアの居住地

walser(piantina-flussi-migratori)

<Walserヴァルサー人のGressoneyグレッソネ渓谷などへの移動ルート>


Gressoney Issimeの民族衣装
【ヴァルサーの民族衣装】
 13世紀以降、Walserヴァルサー人がスイスの地から、モンテローザのアルプスの峠(Teodulo:3315m=プラトローザ西 / Lys:4248m=モンテローザ西)を越え、アオスタのVal-Gressoneyグレッソネ渓谷に移住してきた。

 さらに一部は、東にOlen峠(2881mGressoney-La-Triniteの東)を越え、AlagnaRiva-Valdobbiaへ移動した。
 Corno Valdobbia(2480m)を越えてVal Vognaヴォーニャ谷に通じる道路は、14世紀のヴァルザー人の移民にも使われていた。
 ヴァルザーの移民は、15世紀と16世紀にピークに達した。

・(01)Val-Gressoneyグレッソネ渓谷(13世紀)

・(02)Val Sesiaセージア谷(13-15世紀)
  Alagna(Val d'Otro)(13世紀-)
  Riva-Valdobbia(13世紀-)
  Val Vognaヴォーニャ谷(14-15世紀)

・(02)Sermenzaセルメンザ谷Rima San Giuseppeリーマ・サン・ジュゼッペ(14-世紀)
  Val d’Egua(14-16世紀)

・(06)Val Formazzaフォルマッツァ渓谷(13世紀):Rialeリアレ、Ponteポンテ、Fondovalleフォンドヴァレ

・(??)Livignoリヴィーニョ
Livigno
【Livignoリヴィーニョ:木で造られたヴァルサー風民家】


●リヒテンシュタインの居住地

・(29)リヒテンシュタイン:Malbunマルブン渓谷


●オーストリアの居住地

・(30?)ドルンビルン【895年、ヴァルザー人の祖先?が、ドルンビルンに定住】
・(32?)Bregenzer-Waldブレゲンツァーヴァルト(10世紀以降)
・(33)Hochtannbergホーホタンベルク
・(36)Brandnertalブラントナータール
・(32)Kleinwalsertalクラインヴァルザータール(13世紀)
・(31)Grosses-Walsertalグローセス・ヴァルザータール:10世紀以降スイス・ヴァリス地方から移り住んだ(ミシュラン:オーストリアp67/70/164)
・(35)Galtur ガルチュール
・(30?)Ebnitエブニ【1351年】



●フランスの居住地

Vallorcine、Les Allemands




<●関連サイト>


 ☆swissworld.org【耕作可能な土地を求めて移動を続けた遊牧の民。サースフェー:700年前に移動して来た
 ○http://it.wikipedia.org/【wiki/Walser】
 ○http://www.tlfq.ulaval.ca/【Le walser:居住地地図】

<スイス>
 ○www.wir-walser.ch【Internationale Vereinigung Walsertum】
 ○www.walser-alps.eu【Interreg IIIB-Projekt Walser Alps】
 ○www.pomatterfreunde.ch/【IG Pomatterfreunde】
 ○www.walserhaus.ch【Walserhaus Gurin】
 ○www.walserhaus-safiental.ch【Stiftung Walserhaus Safiental】
 ○www.liarumantscha.ch【Lia rumantscha】
 ○www.pgi.ch【Pro Grigioni Italiano】
 ○www.kulturforschung.ch【Verein für Bündner Kulturforschung (Chur)】
 ○www.museenland-gr.ch【Museen Graubünden】
 ○www.rm.gr.ch【Rätisches Museum(Chur)】
 ○www.kbchur.gr.ch【Kantonsbibliothek Graubünden (Chur)】
 ○www.staatsarchiv.gr.ch【Staatsarchiv Graubünden (Chur)】
 ○www.gr.ch【Kanton Graubünden】
 ○www.pro-raetia.ch【Pro Raetia】
 ○www.graubuenden.ch【Graubünden Ferien】
 ○http://www.walserhouse.com/【Walser House - Rimella Frazione Sella - VCVia per San Gottardo】

<イタリア>
 ○http://www.cucinadellealpi.it/【Val VognaなどののWalserの移民の時期・歴史と建物調査:San Grato Pecciaも】
 ○http://www.walserverein-gr.ch/【スイス・グラウビュンデン州のヴァルザー】
 ○http://www.regione.piemonte.it/【WalserのIssimeの民族衣装など。歴史
 ○http://www.inalto.org/【IssimeとWalserの歴史】
 ○http://www.prolocoissime.it/【IssimeとWalserの歴史】
 ○http://www.tlfq.ulaval.ca/【Walser解説・イタリアの分布】
 ○www.walser.it【Walser Sprachsekretariate in Italien】
 ○http://it.wikipedia.org/【wiki/Val_d'Otro 歴史】
<オーストリア>
 ○http://www.vorarlberger-walservereinigung.at/ueber-die-walser/【Uber die Walser:分布地図とオーストリアのヴァルサー人】
 ○www.vorarlberger-walservereinigung.at【Vorarlberger Walservereinigung】

<フランス>
 ○・http://grenier-mazot-savoyard.com/【Vallorcine、Les Allemands】
 ○http://www.vallo.blogsausage.com/【Vallorcine】

<リンク集>
 ○http://www.wir-walser.ch/【地域・国別リンク集:】

<関連図書など>

 本
『Das Grosse Buch der Walser Sagen』Max Waibel (著)


●ご意見・お問い合わせは「掲示板:Eu-Alps・峠の茶屋」へ。EU-ALPS.com  旅のGET旅のGET
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