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Walser(ヴァルザー人・ヴァリス人・ワルザー人)
 ・・居住地と道



ヴァルサー地図 ヴァルサー地図

●歴史概略など

・ヴァリスドイツ語(ヴァルサードイツ語)/アレマン語(alemannisch):ドイツ語の方言、地方言語のひとつ。<Wiki

・ヌフェネン峠、フルカ峠、グリムセル峠・・ この3つの峠で囲まれたローヌ川の深い渓谷の奥に、人が住み着いたのは6世紀。ケルト系のアラマン人がゲルマンの侵入で南西に移動し、グリムセル峠を越えて下ってきて、上部ヴァリスを占拠した頃からだろうとのことです。

・ヴァリスの原住民達は、実際に全アルプス圏に住み着き、いわゆるヴァルサー人としてアルプス圏にその文化と敬謙なキリスト教信仰の影響を与えた。<bestof-switzerland.ch

・ヴァルサー人は耕作可能な土地を求めて移動を続けた遊牧の民である。彼らは12世紀末から13世紀にかけて現在のヴァリス/ヴァレー州から東に進み、グラウビュンデンを経由し北イタリアまで移動した。ヴァルサー人は入植に関して決定的な役割を果たし、アルプスの峠道の管理などに関与して多くの特権を享受していた。<swissworld.org

・各地でヴァルサー人は、アルプスの峠の荷役運搬などでも、重要な役割を担っていた。

・その後このヴァルザーWalser人は、アルプス南部の谷に分散移住していった。

・13世紀に移民が頂点に達し、14世紀半ばに終わった



ヴァルサー人の道 ヴァルサー人の道:
ヴァルサー人の移住ルート

●ヴァルサー人の道

 親は財産を一人の後継者に継ぎ、他の子供は新天地を求めアルプス各地の谷に分散移住していった。その街道を「ヴァルサー人の道」と呼んでいる。

 最初はイタリア・アルプス、その後スイス・グラウビュンデン州の高地、さらにオーストリア・フォアアールベルク地方にまで広がっていった。



Tschappina、Glaspassはヴァルザー人の居住地
【Tschappina、Glaspassはヴァルザー人の居住地・・かつては西のSafientalザフィーン渓谷から、東のThusisテューシスの間に街道が】

●スイスの居住地(想定する年代順)

 ・Wallisヴァリス/Valaisヴァレー州のローヌ川上流【12世紀終わりに、最初のグループがヴァレー州地域と周辺のアルプスの谷に移住した。13世紀に移民が頂点に達し、14世紀半ばに終わった】
 ・Bosco-Gurinボスコ・グリン【1240年頃、西のイタリアVal Formazzaフォーマッザ渓谷のワルザーが入植した】
 ・Davosダヴォス・・【13世紀に移住:ミシュラン:スイスp246】
 ・Jufユーフ【1292年移住の記録】
 ・Aversアーヴェラス谷【Aversアーヴェラス谷には南から移住して来たらしい】
 ・Tschappinaトシャッピナ高原/Glaspassグラス峠【1396年移住の記録】
 かつて、古代ローマ時代(〜5C)には、東のThusisからTschappina、Glaspass峠を経由し、Safientalへ抜け、さらにSafierberg峠(2486m)を越えてSplugenpass峠をつなぐローマの街道があったようです。
 その後の記録の中に、スイス・ローヌ川上流の上部ヴァリス谷に住む「Walserヴァルサー人」が、新天地を求め移動し、このGlaspassと、Tschappinaにも定住したことが、1396年の記録に残っているということです。
 右のグラウビュンデン州のヴァルザー人の分布を見ると、この付近の人たちは西の谷、Safientalザフィーン渓谷の方から移動したように推定できます。

 ・セルティックSertig(ダヴォス近郊):ヤコブスホルンとリナーホルンの間にあるセルティック谷は、ダヴォス・プラッツからバスで約30分。谷奥にあるセルティック村は、13世紀にヴァルサー人がヴァレー州から移住してきた。
  もともとロマンシュ語を話す地域だったが、中世にヴァルサー人が移住してきてドイツ語を話すようになった。モンビエールなど周辺の集落では、地名や家のつくりなどに、今でもヴァルサーの伝統が残っている。<スイス政府観光局HPより>
 ・サースフェー:約700年前にこの地に移動してきた山岳民族のヴァルサー人の名残は、今も納屋の建築や風習などに見ることができる。そんな長い伝統は、村の民族衣装や、音楽、祭りなどに息づいている。夏季には村人たちの手づくり感あふれる素朴な行事や祭りが数多く開催される。<myswiss.jp




●イタリアの居住地

<Walserヴァルサー人とGressoneyグレッソネ渓谷>


Gressoney Issimeの民族衣装
【ヴァルサーの民族衣装】
 13世紀、Walserヴァルサー人がスイスの地から、モンテローザのアルプスの峠(Teodulo:3315mプラトローザ西/Lys:4248mモンテローザ西)を越え、このアオスタの地に移住してきた。
 さらに一部は、東にOlen峠(2881mGressoney-La-Triniteの東)を越え、AlagnaやRiva-Valdobbiaへ移動した。

 ・Val-Gressoneyグレッソネ渓谷(13世紀)

 ・Val Formazzaフォルマッツァ渓谷(13世紀):Rialeリアレ、Ponteポンテ、Fondovalleフォンドヴァレ

 ・Livignoリヴィーニョ
Livigno
【Livignoリヴィーニョ:木で造られたヴァルサー風民家】


●オーストリアの居住地

 ・Bregenzer-Waldブレゲンツァーヴァルト(10世紀以降)
 ・Hochtannbergホーホタンベルク
 ・Brandnertalブラントナータール
 ・Kleinwalsertalクラインヴァルザータール(13世紀)
 ・Grosses-Walsertalグローセス・ヴァルザータール:10世紀以降スイス・ヴァリス地方から移り住んだ(ミシュラン:オーストリアp67/70/164)
 ・Galtur ガルチュール
 ・ドルンビルン【895年、ヴァルザー人の祖先?が、ドルンビルンに定住】
 ・Ebnitエブニ【1351年】

●リヒテンシュタインの居住地

 ・リヒテンシュタイン:Malbunマルブン渓谷


<関連サイト>

 ☆swissworld.org【耕作可能な土地を求めて移動を続けた遊牧の民。サースフェー:700年前に移動して来た
 ○http://www.tlfq.ulaval.ca/【Le walser:居住地地図】
 ○http://www.provincia.vercelli.it/【イタリア・ピエモンテ北部のヴァルザー】
 ○http://utenti.wide.it/【WALSER:スイスからイタリアへのアルプス峠越えの移住進路】
 ○http://www.walserverein-gr.ch/【スイス・グラウビュンデン州のヴァルザー】
 ○http://www.vorarlberger-walservereinigung.at/ueber-die-walser/【Uber die Walser:分布地図とオーストリアのヴァルサー人】
 ○http://utenti.wide.it/torriste/4414.php【WalserのGressoneyへの移動ルート】
 ○http://www.regione.piemonte.it/【WalserのIssimeの民族衣装など。歴史
 ○http://www.inalto.org/【IssimeとWalserの歴史】
 ○http://www.prolocoissime.it/【IssimeとWalserの歴史】
 ○http://www.walserland.org/【Walserの民族衣装など】
 ○http://www.tlfq.ulaval.ca/【Walser解説・イタリアの分布】
−−−−−−−
 ○Internationale Vereinigung für Walsertumwww.wir-walser.ch
 ○Interreg IIIB-Projekt Walser Alpswww.walser-alps.eu
 ○Walser Sprachsekretariate in Italienwww.walser.it
 ○Walsergemeinschaft Gressoney/Issimewww.walserland.org
 ○Vorarlberger Walservereinigungwww.vorarlberger-walservereinigung.at
 ○IG Pomatterfreundewww.pomatterfreunde.ch/
 ○Walserhaus Gurinwww.walserhaus.ch
 ○Stiftung Walserhaus Safientalwww.walserhaus-safiental.ch
 ○Lia rumantschawww.liarumantscha.ch
 ○Pro Grigioni Italianowww.pgi.ch
 ○Verein für Bündner Kulturforschung (Chur)www.kulturforschung.ch
 ○Museen Graubündenwww.museenland-gr.ch
 ○Rätisches Museum(Chur)www.rm.gr.ch
 ○Kantonsbibliothek Graubünden (Chur)www.kbchur.gr.ch
 ○Staatsarchiv Graubünden (Chur)www.staatsarchiv.gr.ch
 ○Kanton Graubündenwww.gr.ch
 ○Pro Raetiawww.pro-raetia.ch
 ○Graubünden Ferienwww.graubuenden.ch



swiss-guard
<関連>
・ヴァリス人には、今もヴァチカンの衛兵に応募する特権がある。法王/教皇ユリウス2世(1443-1513:法王在位1503-13)は、スイス人・特にゴムスのヴァリス人のみ(注1)に、ミケランジェロがデザインした法王庁儀仗兵の玉虫色の制服着用の権利を認めた。(ミシュラン・ガイド:スイスp246、swissinfo)
 (注1:スイス衛兵の条件

<関連図書など>

・・本
 B
『Das Grosse Buch der Walser Sagen』Max Waibel (著)


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