ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る この旅のtopへ戻る 前ページに戻る 次のページへ  Time/Data count ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】

ハンニバル像
【ハンニバル胸像】

Crest クレス周辺

フランス:(26)ドローム県】 [北村 峠一].(Kitamura)     
ハンニバルの進軍状況
 ドローム川がローヌ川に合流するこの平坦な肥沃な丘陵地は、昔からの交通の要地です。紀元前218年初秋、ハンニバル率いるカルタゴ軍がこの付近を通過しました。




●2002/6/12
 ヴェルコールの渓谷をあとにR538を南下します。Dromeドローム川がローヌ川に合流するCrestクレス付近は海抜192m、平坦な丘陵地で、R93、R104が合流交差するインターのような交通の要地になっています。

【Crest周辺(緑はハンニバルの推定ルート)】

より大きな地図で 2002Travel-Root-Point を表示

【crest00.jpg:R93、R104の合流交差】


Crestクレストのこの交差点を2019.6.19に東へ。ハンニバルのルートをたどって、ローヌ川のロリオルからDieディに向かった。




【10.jpg:ドローム川の平野】



 しばらく南に走ると丘陵地に入って行き、さらに先には約1000mほどの山岳地帯が前方に見えてきます。

【15.jpg:肥沃な麦畑が一面に】 【17.jpg:テーブル台地と岩肌「Saouの山塊:Roche Colombe(標高886m)G-map=44.65826, 5.0459」】

Elephants

●「ハンニバルと象の峠 紀行」
 紀行の開始地点・・・この地(推定)を進軍した当時の状況など。


【赤色:ドローム川に沿ったハンニバル軍推定ルート】

●カルタゴの将軍ハンニバルと象が越えた峠
●有力推定ルートのIndex


 ・前のポイント=001:ハンニバルの生誕〜ローヌ川着(サン・ジル付近)
 ・前のポイント=002:「ローヌ渡河+渡河戦」(タラスコン付近)
 ・前のポイント=003:「ハンノの分遣隊ルート」(アヴィニョン付近)
 ・前のポイント=004:「島」 (エーグ川)(オランジュ付近)
  ↑↑
 ・直前のポイント=005:ドローム川に沿いアルプス方面に(ロリヨール付近)
  ↑↑
★このページ=006a:ドローム川〜アルプス方面に(Crestクレス付近)(2002.6.12紀行)
  <006:ドローム川沿い〜アルプス方面に(Dieディの前まで)(2019.6.19紀行)>
  ↓↓
 ・次のポイント=007:Dieディの町


<この地に到達時のハンニバル軍の推定状況>
・BC218年10月9日〜12日頃「ローヌ川を離れ、ドローム川に沿って進軍。アルプスの麓まで残り3日。
・「島」からブランクスの案内人が進路を案内する。
・軍の規模は、歩兵3.8万人、騎兵7.7千騎、象37頭(G-p49)。
・軍の荷物を運ぶ「駄獣」は、7-8千頭+民間人1-2千人。
・一日の行軍距離平均14km
●ガリアの種族とその場所

【ガリアの種族とその場所。 クリックで拡大】

●ローヌ川を離れ、ドローム川に沿い〜この地まで
 ・「島」でブランクスから軍の再装備(食料・武器を新しいものに・防寒着・靴提供)を受けた。

 ・ブランクスは、アロプロゲス連合や敵からの襲撃を避け、安全にアルプスの麓まで行軍できるよう案内人を出した。ハンニバル軍の後部も護衛した。(G-p33-54)(P-p306=第3巻49)

 ・ローヌ川に沿ったこのLoriol s-Dromeロリヨール付近から、推定されているルートは大きく2つに分かれます。
●アロプロゲス連合の領土

アロプロゲス族のエリア(緑色+黄色)

  最有力は「トラヴェルセッテ峠ルート」で、ここから東に向かう支流、Dromeドローム川に進む道(G-p60)。

  次の有力は「クラピエ峠ルート」で、さらにローヌ川を行き、約20km北でIsereイゼール川に沿うルートです。

 ⇒多分ブランクスの案内人は下図のようにドローム川(Drome/Drona)に沿い、ディ(Die/Dea/Dea Augusta)に向かうことでガリアのアロプロゲス族Allobrogesの領地を通過せず進軍したでしょう。


【最有力推定ルート(緑ルート)】

 ・その方向には、プレアルプス(アルプス山脈につながる中程度の高さの山地)で、当時この地は、ウォコンティ族(ゴールの諸部族のひとつ)の勢力範囲でした。(G-p58)

 ・平坦な地方を通っている間、大きな戦闘はなかった。ブランクスの山岳ガイドに護衛を提供してもらったことも大きい。(J-p116)

 ・ハンニバルが行軍したであろうルートは、後の「古代ローマの時代の街道<Valence/Valentiaヴァランス〜Vapincurn/Gapガップ〜Brianson/Brigantiumブリアンソン〜Torinoトリノ>」の道に沿っている。(SN-P.177-)



⇒ハンニバル軍の道案内したブランクスの使者も、この「アロプロゲス領に入らない」ルートで、当時でもかなり人の行き来の多かったと想定される「このトリノに向かう街道」を案内したのではなかろうか。
----

●ガリアの種族とその場所
 ・当時の推定地図
Allobrogesアロプロゲス族【 イゼール川の北。現代のリヨンとジュネーブの間のガリア人】
Segalauni/Segovellaunesセガラウニ/セゴヴェローヌ族【ヴァランス周辺(アッロプロゲスの南、カヴァレスの北)のローヌ渓谷に位置するガリア人】
Tricastiniトリカスティーニ族【ローマ時代に、現在のサンポールトロワシャトーの近くにある現代のトリカスティン地域に住む小さなガリア族】
Cavariカヴァリ族【ローマ時代の現在の都市アヴィニョン、オレンジ、カヴァイヨン周辺(ボークリューズの西部)に住むガリア人】
Voconces/ラテン語 Vocontiiヴォコンティ族【プレアルプに定住したガリア人の連合体】
Tricorii/Tricoresトリコリイ族【南アルプスに住むナルボンヌゴール出身のケルト人-リグリア人。「3つの軍隊」の意味】

■参考資料:
本:Polybiusポリュビオス著 『ポリュビオス 歴史〈1〉』城江良和訳:京都大学学術出版会(P-page)
本:Gavin de Beerギャヴィン・デ・ビーア著 『ハンニバルの象 ALPS and ELEPHANTS』時任生子訳:博品社(G-page)
本:John Prevasジョン・プレヴァス著『ハンニバル アルプス越えの謎を解く HANNIBAL CROSSES THE ALPS』村上温夫訳:白水社(J-page)
本:Hans Baumannハンス・バウマン著『ハンニバルの象つかい』大塚勇三訳:岩波書房:(H-page)
https://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Polybius/3*.html【Polybius/歴史第3巻】
https://omnesviae.org/#【OmnesViae:Roman Routeplanner:Google-Mapsにポイティンガー図を展開】
本:新潮文庫:『ローマ人の物語「すべての道はローマに通ず」上:No.27 p.177〜』塩野七生:(SN-page)
本:The Green Guide:『French Alps』2020 Michelin:(M-page)




<〜D9のルートをさらに南下・・・GRIGNANの城内で宿を見つけました・・・・>
●ご意見・お問い合わせ・情報・何でも・・・「峠の茶屋・掲示板」でお待ちしています。EU-ALPS.com
ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る この旅のtopへ戻る 前ページに戻る 次のページへ  Time/Data ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】
ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】