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テンダ・トンネルTenda-Tunnel(伊側)
【v954.jpg:テンダ峠:顔が見える助手席が最初の注意をしたお巡りさん。運転している人が「スゴーイ」多発の・・】
col-tende

テンダ峠/タンド峠
Colle di Tenda/Col de Tende

国境のトンネルを越えると、そこにお巡りさんがいた・・

イタリア:ピエモンテ州クネオ県/フランス:プロヴァンス・アルプCote d'Azur地方(06Alpes-Maritimes県)】[北村 峠一].(Kitamura)      


●フランス名:タンド峠Col de Tende:は道路整備されておらず・・


 Sospelソスペルから塩の道を北上し、第二次大戦までイタリアだったラ・ブリーグLa BrigueやタンドTendeの古い町を越えて、フランス名「タンド峠Col de Tende」、イタリア名「テンダ峠Colle di Tenda」の南に到着しました。

タンド峠Col de Tende(仏側)
【v507.jpg:タンド峠Col de Tende(仏側)】

 ニースからトリノへの塩の道、昔のラバの道はさびれ、あのバイクが止まっているあたりから、1871mの峠に登っていく未舗装の道路があるはずです。この場所が約1300mなので約600mの高度差を、かなりのジグザグの細い道が地図には書かれています。Tendaテンダ峠(1908m)【●峠のDB】
 まあ、レンタカーは舗装道路しか走ってはいけない(保障されない)というルールを守ってトンネルを行きましょう。

タンド峠Col de Tende(仏側)
【v518.jpg:タンド峠Col de Tende(仏側):バイクのある付近から未舗装道路が峠に向かう】

 1882年に開通したというトンネルは、掘削したままの岩がごつごつと出ていて、すれ違うのが怖いほどの狭さ。フランスとイタリアをつなぐトンネルでも、モンブラン・トンネルのような交通量がないのでこれで良いのでしょうが、3.2kmは結構長く感じます。  Tendaテンダ・トンネル(1321m)【●峠のDB】

 道路標識を見ると、人も自転車も通行禁止です。つまりサイクリストは、いやでも先ほどの未舗装道路を600m、自力で登っていかなければならないのです。

タンド・トンネルTunnel du Tende(仏側)
【v934.jpg:タンド・トンネルTunnel du Tende(仏側):内部は岩がむき出しの狭い道】

ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】
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●イタリア名:テンダ峠Colle di Tenda:トンネルを抜けると


 トンネルを出てすぐ道路の右脇に車を停め、車内からビデオを回しながらTenda峠(1871m)への入口を捜していると、突然お巡りさんが車の窓際に歩いてきて、注意されてしまいました。
「道路でやたらと止まるな」イタリア語かフランス語で言われたはずなのですが、なぜかすぐに理解できます。確かにそうですね。

テンダ・トンネルTenda-Tunnel(伊側)
【v939.jpg:テンダ・トンネルTenda-Tunnel(伊側):車内からトンネル出口や峠入口を観察】

テンダ・トンネルTenda-Tunnel(伊側)
【947b.jpg:テンダ・トンネルTenda-Tunnel(伊側):前方にパトカーが居たのに気づかなかった】

col-tende
【col-tende】
 そこですぐに30-40mほど先の広くなったスペースに移動し、今度は車外に出て観察を続けます。

 と、今度はパトカーが私の車の後ろに移動してきて、さっきとは別のおまわりさんが出て来ました。
 車内に居た妻が、なぜかあわてて地図を私に渡し、
「説明したら」と言うのです。「珍しく気が利くなー」と思ったのです・・。

 お巡りさんに地図を見せながら、
「Tenda峠に行きたいのだが、どこが入口ですか」と聞くと、
「峠への口はあそこだが、この車ではだめだ」。 と自分の車を指し「ジープでないとダメ」と言うのです。

 今朝、フランスの宿の人から、
「イタリア側からは乗用車で登れるよ」と教えてもらったのですが、さっき注意を受けたし、言葉も十分に伝わりそうもないので、まずは黙ってお巡りさんの言うことを聞いていました。
「どこから来た?」「日本の東京・・」
「おれは1カ月横浜、京都、大阪・・に行った事がある」ここまでは聞き取れたのですが、20代にも見えるその若いお巡りさんは、イタリア語(?)で早口で。その区切りには必ず、
「スゴーイ」と日本語を挿入するのです。数分の話の後、彼らは車で下っていきました。

 この状況を妻に話し、同時に、
「たしかこの峠のイタリア側道路は、整備されているはずなんだが。今朝の宿のマスターも・・」と説明したのですが、
「お巡りさんが言っているんだから、止めたら!」「お巡りさんが2回目に来たとき、きっと捕まるんじゃないかと思った」と言うのです。なぜなら、国境を怪しい外人が、ビデオカメラでしつこく撮影しているからで、昔なら銃撃されていたところだと。

 だからあんなに<珍しく気が利いて>私に地図を渡したのです。一方私は何も感じず、<ちょっとおせっかいなお巡りさん>くらいに思っていました。

テンダ峠Colle di Tenda(伊側)
【v537.jpg:テンダ峠Colle di Tendaへは、左にLimome1400方向。牛(?)にxマークがあるのは「家畜を移動させるな」の意味?】

 結局私は<今回は>この峠をあきらめたのです。撮影中に峠への道に「家畜の移動禁止」らしい標識があったことや、またの機会に来ればいいやと判断したのです。次回この付近に泊まって、峠道の情報を聞いて登り直そうと。
 帰国後の調査でも、ジロ・デ・イタリアのゴールになったこともある峠なので、それほど悪路でも無いはず、絶対歩いてでも登りたいですね。

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●クネオCuneoへの道


 峠から北に向かう、かつての塩の道は確かに歴史ありそうな街道。でも今ではスキーリゾートのロッジ風の新しい建物をたくさん見かけます。
 Borgo S.Dalmazzoボルゴ・サン・ダルマッツォで、西のStura渓谷方面に分岐したいのですが、交差点のループは工事中のせいもあり、Cuneoクネオに向かう標識ばかりで、なかなか田舎道に行けません。やっと何とかなった頃、かなりひどい雨が降り出しました。

●サヴォイア(サヴォワ/サボア)/サルディーニャ王国と塩の道(Route du Sel)


・下に示したサヴォイア家(サヴォイア伯〜公〜王〜サルディーニャ王)の歴史地図を見て判るように、建国の1000年頃は内陸の領地のみでした。
・1388年、英仏百年戦争参戦の功績でニース地方を獲得し、地中海への接点を持ちますが、その後もジェノヴァ共和国が海岸線を押さえていたため、ニースが唯一の海との交易ルートだったのです。
・この塩の道の交易量は年間5000トン以上にもなり、18世紀末にはニースで1万8千頭、クネオで1万6千頭のラバが使役に用いられていました。また塩の帰りの荷は、ピエモンテの米や大麻、布などでした。
・ナポレオン1世失脚の1814年にジェノヴァを獲得し、トリノからジェノヴァの交易ルートが出来るまで、この「ニース〜トンデ峠〜ピエモンテ/トリノ」の塩の道は、サヴォイアにとって命のルートだったわけです。
・1859年、ナポレオン3世のイタリア独立戦争援助で、サルデーニャ王国からニースとサヴォワ地域がフランスに割譲され、峠を越える塩の交易は寂れたのです。


【13世紀と16世紀の領土】

【1718年の領地】
Route de Sel
【ピエモンテへの塩の道は、ニースからTenda峠経由】


<関連紀行ページ>
 ・Chamberyシャンベリー【サヴォワ王国1232年〜1562年の330年間の首都】
 ・1814年ナポレオン1世失脚、1859年ナポレオン3世が、イタリア独立戦争援助でサルデーニャ王国からサヴォワとニースを獲得
<塩の道の紀行ページ>
 ・ニースから、Route du Sel/Salt Road/塩の道を北上
 ・ソスペル【Le Pont Vieux古橋は、ニース〜ピエモンテ間の塩街道の橋で、税を徴収。ニース地域の支配関係・歴史年表】
 ・タンド峠
 ・Royaロワイヤ渓谷〜サオルジュSaorge〜タンドTende(仏)/テンダTenda(伊)
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<塩の道関連サイト>
 ○http://www.beyond.fr/【Route de Sel詳細な解説】
 ○http://amontcev.free.fr/【La route du sel:ニースからピエモンテへ】

<関連サイト>

<近隣のサイト>


<イタリア/フランス・ワイン>

  フランス ワイン検索
  イタリア ワイン検索

<関連HOTELなど>

Last minute hotel reservation!【Rates-to-Go:直前格安ホテル】  ○ニース周辺のHotel  ニースのHotel  カンヌのHotel  リミニ リビエラのHotel
hotel【フランスのホテル:地図から検索】  ○ニースのHotel  ニース周辺のHotel  カンヌのHotel  エクサン・プロバンスのHotel
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<西のStura渓谷方面で宿を見つけようとするのですが・・>
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