ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る この旅のtopへ戻る 前ページに戻る 次のページへ Google-Translate count

la-Turbie
【h638.jpg:ラ・トゥルビla-TurbieのTrophee des Alpes】

Route du Sel塩の街道/
la-Turbieラ・トゥルビ峠/ 地中海

古代ローマ(6BC)・・よりはるかに・・青銅器時代(1800BC)にまで遡って・・

フランス:プロヴァンス・アルプ地方-Cote d'Azur(06Alpes-Maritimes県)】[北村 峠一].(Kitamura)      


●塩の道をニースに向かう・・鉄道に沿って下る道は・・


 今日は月曜日(6月11日)、昨日ゆっくり休養し、気力も回復したところでニース付近の低い、でも歴史一杯の峠めぐりにスタートです。まずは塩の街道を西に向かいます。

Route de Sel

<Route du Sel/Salt Road/塩の道とは>

●地中海で作られた塩がアルプスを越えピエモンテに交易された。その歴史は青銅器時代(1800BC)にまで遡るが、主要な塩の街道は、ニースから、Braus峠−Bouis峠−Sospel−Saorge−Tende峠を経てピエモンテ、Cuneoクネオ、トリノにつながるルートである。
(Tende峠の西16kmのCol de Fenestre峠(2474m)も使われたが、冬季の雪などで微量だった)
 塩の交易量は年間5000トン以上にもなり、18世紀末にはニースで1万8千頭、クネオで1万6千頭のラバが使役に用いられていた。塩の帰りの荷は、ピエモンテの米や大麻、布などであった。
 1814年にナポレオン1世失脚し、ジェノヴァを獲得。トリノからジェノヴァの交易ルートが出来る。
 1860年、ニース一帯がフランスに割譲され、塩の交易はトリノ〜ジェノヴァのルートが中心になり、塩の道は寂れた。

 ○http://www.beyond.fr/【Route de Sel詳細な解説】
 ○http://amontcev.free.fr/【La route du sel:ニースからピエモンテへ】
 本:『Michelin the Green Guide French Riviera』(English Edition)p.227


【SospelからNiceからLa Turbieへ】
 ソスペルを東に塩街道に沿って、まず来たのがCol St.Jeanサン・ジャン峠(642m)【●峠のDB】 そして斜面一杯に黄色に咲く「エニシダ」が迎えてくれます

塩の道Route du Sel
【v697.jpg:塩の道:Col St.Jean(642m)】

塩の道Route du Sel
【v699.jpg:塩の道に咲く・・エニシダ】

ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】
 続いて来たCol de Braus峠(1002m)【●峠のDB】には、古い砦の壁らしき遺跡と、サイクリストの石碑。フランスの名ロードレーサー(1934-46年に活躍)Rene Vietto(1914-1988)の記念碑とのことです。

塩の道Route du Sel
【v703.jpg:Col de Braus(1002m)】

塩の道Route du Sel 塩の道Route du Sel
【v711.jpg:Col de Braus(1002m)】 【v715.jpg:Col de BrausにあるRene Viettoの記念碑】

 この塩街道はプロヴァンス特有の荒れた砂岩の斜面、植物栽培にはあまり適さないのでしょう。くねくねと下っていくと、Turiniチュリニ峠まで29kmの分岐ポイントが出て・・

塩の道Route du Sel
【v724.jpg:Col de Braus400m西のTurini峠への分岐】

塩の道Route du Sel
【v728.jpg:Col de Braus400m西のTurini峠への分岐】

 l'Escareneで鉄道橋が見えてきました。ソスペルから鉄道はトンネルに入り、この村に出るのですが、地盤の悪いこの付近の地形の鉄道は、こんな風にトンネルと石橋をつないで作っていくしかなく、難工事だったでしょう。
 (☆タンド線:ニース〜ブレイユ・シュル・ロワイヤBreil-sur-Roya間の鉄道建設は1900年に着工し、1928年に開業した)

塩の道・タンド線
【v738.jpg:l'Escareneで鉄道橋をくぐり、線路沿いに南下】

 l'Escareneで鉄道橋をくぐったあと、線路沿い・Paillon川に沿って南下すればla Turbie直行と思ったのですが・・Gges du Paillonの先で通行止め・・仕方なく引き返します。

塩の道・タンド線 塩の道・タンド線
【v742.jpg:l'Escareneで鉄道橋をくぐり、線路とPaillon川に沿って南下すればla Turbie直行と思ったが・・】 【d784.jpg:l'Escareneから鉄道に沿ってニースに向かう道は、Gges du Paillonの先で通行止め・・仕方なく引き返し】

−−−

●D321でニースに、そしてエズを通過し・・


 l'Escareneまで戻って、そのすぐ南にはCol de Niceニース峠(412m)【●峠のDB】という低い峠があったはずなのですが、標識が見当たりません。

塩の道Route du Sel
【v013.jpg:ニースに向かい】

 いやな思い出のニース。市内の両側駐車の混雑した市内を抜け、1998年に走った道を逆にコルニッシュの山道を登り・・霧が地中海から急にわいてきて見通しの聞かないEzeエズを通過します。

ニース エズ
【v015.jpg:ニースの市街地を抜け】 【v020.jpg:急に霧がかかったエズを抜け】

ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】
−−−

●ラ・トゥルビla Turbie:
  ローマの遺跡:アルプスのトロフィーTrophee des Alpes・・・


Sospel
【v021.jpg:もうすぐ、ここで右折】

la Turbie
【d785.jpg:la TurbieのTrophee des Alpes案内図】
Sospel
【v030.jpg:村役場の右に見えてきた】

 ラ・トゥルビLa-Turbie峠(500m)に到着【●峠のDB】です。残念ながらTrophee des Alpes博物館は月曜日が休館で内部に入れません。でも外観は墓地や、あちこちの場所から十分に見えるし、アウグストゥスのラテン語:Imperator Caesar Divi Filius Augustusの文字を外壁に見ることも出来たので、良しとしましょう。

la Turbie
【v775.jpg:左に海、St.Michel教会と右にトロフィー】

la Turbie
【d790.jpg:墓地から見下ろすla TurbieのTrophee des Alpesは、濃霧の中に・・】

la Turbie la Turbie
【v792.jpg:レストランの窓から見るTrophee des Alpesの先端】 【v793.jpg:Trophee des Alpesの先端】

la Turbie la Turbie
【v762.jpg:破壊前のTrophee des Alpesは周りを石柱で囲まれていたと言う】 【v763.jpg:アウグストゥスのラテン語:Imperator Caesar Divi Filius Augustus】

<モナコ、ラ・トゥルビー、エズ、カップ・ダイユの位置関係>


 ○Ezeエズ
 ○Monacoモナコ【Wiki】
 ○モナコ【画像】
 ○モナコ王妃Grace Kellyグレースケリーが転落死した崖=Cap d'Ailカップ・ダイユ

<ラ・トゥルビーla Turbieの「アルプスのトロフィーTrophee des Alpes」>

●紀元前6-7年、古代ローマの「ユリウス・アウグスタ街道(大コルニッシュ街道)」のアルプスの最標高点に建てられた戦勝記念碑。
 Octavius Augustusアウグストゥスが、アルプス地帯の45のガリア部族を平定した功績を讃えて建造された。
 後世かなりの破壊が行われ、特に1705年にはルイ14世の命で完全に壊され、サンミッシェル教会などに使われた。19世紀末になって発掘が行われ、Edward Tuck(1842-1938)らの努力で1934年、現在の形まで再建された。

 ○http://www.ville-la-turbie.fr/v2/ラ・トゥルビーla Turbieの歴史
 ○http://en.wikipedia.org/【wiki/La_Turbie】
 本:『ローマの道の物語』 藤原 武 (著)p.49-

−−−

●眼下にはMonacoモナコが・・


 昼に近くのレストランでスパゲティーとステーキを食べたのですが、ウェルダンと言ったせいでしょうか、焦げ臭いほどに焼いた肉が出てきて・・ローマ時代のステーキはこんなだったのでしょうか?
 で、口直しにMonacoモナコを見下ろす絶景をどうぞ。下の写真の小さな範囲、海岸縁だけの小さいエリアがモナコ。あそのこの狭い道をモンテカルロのF1モナコグランプリ市街地コースが走るのです。

la TurbieからMonaco
【d795.jpg:la TurbieのTrophee des AlpesからMonacoモナコを見下ろす】

【Monacoモナコはこんな小さな国】
la TurbieからMonaco
【d794.jpg:Monacoモナコは右図の狭い範囲】

x-alps2011ルート

<RedBull X-Alpsエックス・アルプス関係>


・モナコは、RedBull X-Alpsのゴールポイント。
”Red Bull X-alps”は世界で最も過酷なパラグライディング・レースで、ザルツブルクからモナコのヨーロッパアルプス縦走コース(直線距離864km=実装距離1500km)を、登山とパラグライダー飛行のみで走破する競技。

・2011年のルート:Salzburg(At)ザルツブルグ⇒Gaisberg(At)ガイスベルグ⇒Dachstein(At)ダハシュタイン⇒Grossglockner(At)グロウスロックナー⇒TreCime(It)トレ・チーメ⇒PizPalu(Ch/It)ピッツ・バリュ⇒Matterhorn(Ch/It)マッターホルン⇒MontBlanc(Ch/It)モンブラン⇒MontGros(Fr)モングロス⇒Monacoモナコ


”Red Bull X-alps”
−−−

●Mantonマントンと国境


 海岸線をイタリアに、サンレモまで行きたいなーと思っているのですが。さらにできれば、イタリアの山の中のちょっとした峠にも??
 地中海の水の色は、相変わらず日本の海の色と違いますね。そして6月からもう裸・・

Mantonマントンと国境
【v045.jpg:Mantonマントンに入り】

Mantonマントンと国境
【v095.jpg:Mantonマントンから、イタリアへの標識に沿い】

Mantonマントンと国境
【v119.jpg:リビエラの海岸に沿って走ると】

Mantonマントンと国境
【v125.jpg:城塞は「ジャン・コクトーJean Cocteau (1889-1963)美術館」・・かつての国境の砦だろう】

Mantonマントンと国境
【v133.jpg:Mantonマントンの観光街は海岸に沿って】

Mantonマントンと国境
【v148.jpg:あの岩の先が国境】

Mantonマントンと国境
【v157.jpg:国境の検問所も今は人はいない】

<Mantonマントン関連サイト>

 ○http://www.nosvoyages.fr/【MENTONのビューポイント】

<関連サイト>

<近隣のサイト>


<フランス・ワイン>

フランス ワイン検索

<関連HOTELなど>

Last minute hotel reservation!【Rates-to-Go:直前格安ホテル】  ○ニース周辺のHotel  ニースのHotel  カンヌのHotel
hotel【フランスのホテル:地図から検索】  ○ニースのHotel  ニース周辺のHotel  カンヌのHotel  エクサン・プロバンスのHotel
hotel ■海外ホテル予約

<この海岸線の道・・なかなか曲者です。峠道のほうが走りやすい・・>
ヨーロッパ アルプス 峠ドライブ紀行 TOPに戻る この旅のtopへ戻る 前ページに戻る 次のページへ

EU-Alps 峠の茶屋・掲示板:
EU-ALPS.com


質問などありましたら eualps@gmail.comへどうぞ。
★本サイト内を、地名などのキーワードで検索できます★

eu-alps.com内検索 WWW検索