●「ハンニバルと象の峠 紀行」
紀行の開始地点・・・この地(推定)を進軍した当時の状況など。
【●有力推定ルートのIndex】
→●次のポイント「Die」

【ハンニバルの行軍ルート(緑線)と、逃亡ルート(青線)。この紀行は赤枠内】
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<はじめに>
紀元前218年の秋、今から2220年以上も昔になりますが、ハンニバル(紀元前247−前183年)と象の数万のカルタゴ軍がこの付近を東に、アルプスを越えイタリアに進軍していったと歴史は語っています。ローヌ川から分かれ、このドローム川に沿って東にむかうルートが、現時点では最有力候補とされています。
スペインを出発して約4カ月、連日10〜14km(17,000〜23,000歩/日)の行軍は、大きな戦闘がなかったとはいえ、大変な疲労が戦士たちには貯まっていたでしょう。その数kmにも及ぶ軍隊、騎兵、象、そしてたくさんの荷が、この目の前の平原を川に沿ってさかのぼって行ったのです。
今回の旅の紀行の中で、これからアルプス越えまでの20日あまり(図の赤の枠内)を、当時の記録に沿って辿ってみます。(●次のポイント「 」、で順次進みます)
皆さんも写真の風景の中に、「ハンニバルと象」の行軍シーンを思い浮かべ、一緒に峠道をイタリアに向かってみませんか。
<ハンニバル・バルカHannibal Barca (or Barcas) 生誕〜>
・紀元前247年(or246年)誕生。カルタゴの貴族・将軍ハミルカル・バルカHamilcar Barcaの長男。出生地はカルタゴCarthage。
・「バルカ」はあだ名で「lightning:電光/稲妻/電撃」の意味。
・彼の弟は ハスドルバル と マゴ
・ハンニバル9歳(or10歳)のとき、ハミルカルとともにカルタゴを去りイベリア(スペイン)に移る。
・紀元前221年(25歳)にリビュア・スペイン軍の総司令官に就任。イベリア半島を制圧し、諸部族をまとめて軍隊を養成。
・紀元前219年、ローマの同盟都市サグントゥムSaguntum(ザグント)を攻撃・包囲、8ヶ月後陥落。これによりローマはカルタゴに宣戦し、第2次ポエニ戦争が始まる。

【ハンニバルの行軍推定ルート:
●トラヴェルセッテ峠ルート=緑実線
●クラピエ峠ルート=赤点線】
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<ここまでの進軍の状況>
・BC218年春(5月末)、軍はカルタゴの領土だったスペインから出発し、ピレネー山脈を越え、約4カ月で1,220km(5,800スタディア)進軍しました。そして、アルル付近でローヌ川を渡ります(G-p54、60)。その地点が川幅が広く、水深が浅く、流れもあまり速くなかったようです。・・・右図参照

【ローヌの渡河:18世紀の銅版画】

【Henri-Paul Motte, Hannibal crosses the Rhone, circa 1880s engraving.】
・そのときの行軍の規模は、歩兵3.8万人、騎兵8千騎、象37頭(G-p49)/または39頭(H-p150)。軍の隊列は長さ8-9km、幅800m以上にもなっていました(J-p102)。
既存の船、その場で作ったいかだに象や荷を乗せ、ローヌ川を対岸に渡ります(G-p49)。
・川を渡る付近で、ハンニバル軍の斥候がローマ軍のスキピオの騎兵隊と遭遇し双方に200-300人の死傷者を出しました。(ローマが討伐のためスキピオを派遣し、マッシリアから送り出した隊)。ハンニバルは戦闘を選ばず、北の方向アルプスに向かいます(J-p107)。
・ローヌ川を北にさかのぼり、「島」で、この地の部族の紛争(ブランクス)の解決に手を貸します。それにより山岳ガイドと護衛を提供してもらい、さらに北上します(J-p116)。
<この地のハンニバル>
・ローヌ川に沿ったこのLoriol s-Dromeロリヨール付近から、推定されているルートは大きく2つに分かれます。
最有力は「トラヴェルセッテ峠ルート」で、ここから東に向かう支流、Dromeドローム川に進む道(G-p60)。
次の有力、「クラピエ峠ルート」で、さらにローヌ川を行き、約20km北でIsereイゼール川に沿うルート。です
・当時この地は、ウォコンティ族(ゴールの諸部族のひとつ)の勢力範囲でした(G-p58)。
・平坦な地方を通っている間、大きな戦闘はなかった。この地の部族の紛争(ブランクス)の解決に手を貸し、それにより山岳ガイドと護衛を提供してもらったことも大きいようです(J-p116)。

【広域推定ルートの地図(緑ルート)】
・ハンニバルが、このクレス付近を通過したのはBC218年10月7日頃。イタリア国境の峠越えまで19日。(アルプスの登り口まで4日ほど前:一日の行軍距離平均14km)
【●ハンニバルの有力推定ルート】
→●次のポイント「Die」 または「クラピエ峠ルート」●「イゼール川〜グルノーブル〜アルク川(モーリエンヌ渓谷)〜」

■参考資料:
・Gavin de Beerギャヴィン・デ・ビーア 『ALPS and ELEPHANTSハンニバルの象』時任生子訳:博品社(G-page)
・John Prevasジョン・プレヴァス『HANNIBAL CROSSES THE ALPS ハンニバル アルプス越えの謎を解く』村上温夫訳:白水社(J-page)
・Hans Baumannハンス・バウマン『ハンニバルの象つかい』大塚勇三訳:岩波書房:(H-page)
・The Green Guide:『French Alps』2001 Michelin:(M-page)
○Battle of Rhone Crossing【wiki】
○THE PASSAGE OF THE RHONE【解説:線画付】
○Hannibal at the Rhone River
○War Elephants:Rome and Carthage
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