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ハンニバル像
【ハンニバル胸像】

Crest クレス周辺

フランス:(26)ドローム県】 [北村 峠一].(Kitamura)     
ハンニバルの進軍状況
 ドローム川がローヌ川に合流するこの平坦な肥沃な丘陵地は、昔からの交通の要地です。紀元前218年初秋、ハンニバル率いるカルタゴ軍がこの付近を通過しました。




 ヴェルコールの渓谷をあとにR538を南下します。Dromeドローム川がローヌ川に合流するCrestクレス付近は海抜192m、平坦な丘陵地で、R93、R104が合流交差するインターのような交通の要地になっています。

【Crest周辺(緑はハンニバルの推定ルート)】

より大きな地図で 2002Travel-Root-Point を表示

【crest00.jpg:R93、R104の合流交差】


【10.jpg:ドローム川の平野】



 しばらく南に走ると丘陵地に入って行き、さらに先には約1000mほどの山岳地帯が前方に見えてきます。

【15.jpg:肥沃な麦畑が一面に】 【17.jpg:テーブル台地と岩肌】

Elephants

●「ハンニバルと象の峠 紀行」
 紀行の開始地点・・・この地(推定)を進軍した当時の状況など。

  【●有力推定ルートのIndex】  →●次のポイント「Die」

ハンニバルのルート
【ハンニバルの行軍ルート(緑線)と、逃亡ルート(青線)。この紀行は赤枠内】

<はじめに>

 紀元前218年の秋、今から2220年以上も昔になりますが、ハンニバル(紀元前247−前183年)と象の数万のカルタゴ軍がこの付近を東に、アルプスを越えイタリアに進軍していったと歴史は語っています。ローヌ川から分かれ、このドローム川に沿って東にむかうルートが、現時点では最有力候補とされています。

 スペインを出発して約4カ月、連日10〜14km(17,000〜23,000歩/日)の行軍は、大きな戦闘がなかったとはいえ、大変な疲労が戦士たちには貯まっていたでしょう。その数kmにも及ぶ軍隊、騎兵、象、そしてたくさんの荷が、この目の前の平原を川に沿ってさかのぼって行ったのです。

 今回の旅の紀行の中で、これからアルプス越えまでの20日あまり(図の赤の枠内)を、当時の記録に沿って辿ってみます。(●次のポイント「 」、で順次進みます)

 皆さんも写真の風景の中に、「ハンニバルと象」の行軍シーンを思い浮かべ、一緒に峠道をイタリアに向かってみませんか。

ハンニバル・バルカHannibal Barca (or Barcas) 生誕〜>

・紀元前247年(or246年)、カルタゴCarthageで生誕。父:カルタゴの貴族・将軍ハミルカル・バルカ(orバルカス)Hamilcar Barcaの長男。
・「ハンニバル」とは、「バール神の喜び/バアルの恵み/慈悲深きバアル/バアルは我が主」の意味。
・「バルカ」はあだ名で「lightning:雷光/電光/稲妻/電撃」の意味。
・3人の弟:ハスドルバル、ハンノ、マゴ
・ハンニバル9歳(or10歳)のとき、ハミルカルとともにカルタゴを去りイベリア(スペイン)に移る。
・紀元前221年(25歳)にリビュア・スペイン軍の総司令官に就任。イベリア半島を制圧し、諸部族をまとめて軍隊を養成。
・紀元前219年、ローマの同盟都市サグントゥムSaguntum(ザグント)を攻撃・包囲、8ヶ月後陥落。これによりローマはカルタゴに宣戦し、第2次ポエニ戦争が始まる。

ローヌ川のルート
【ハンニバルの行軍推定ルート:
●トラヴェルセッテ峠ルート=緑実線
●クラピエ峠ルート=赤点線】

<ここまでの進軍の状況>

・BC218年春(5月末)、軍はカルタゴの領土だったスペインから出発し、ピレネー山脈を越え、約4カ月で1,220km(5,800スタディア)進軍しました。
・ヴェルジェーズに立ち寄り休息し、泉の水(Perrierペリエ)を飲んだという伝承がある。
  (http://www.avignon-et-provence.com/・・地図と水工場)
・アルル付近でローヌ川を渡ります(G-p54、60)。その地点が川幅が広く、水深が浅く、流れもあまり速くなかったようです。・・・右図参照

渡河:18世紀の銅版画
【ローヌの渡河:18世紀の銅版画】


【Henri-Paul Motte, Hannibal crosses the Rhone, circa 1880s engraving.】

・そのときの行軍の規模は、歩兵3.8万人、騎兵8千騎、象37頭(G-p49)/または39頭(H-p150)。軍の隊列は長さ8-9km、幅800m以上にもなっていました(J-p102)。
既存の船、その場で作ったいかだに象や荷を乗せ、ローヌ川を対岸に渡ります(G-p49)。

・川を渡る付近で、ハンニバル軍の斥候がローマ軍のスキピオの騎兵隊と遭遇し双方に200-300人の死傷者を出しました。(ローマが討伐のためスキピオを派遣し、マッシリアから送り出した隊)。ハンニバル本隊は戦闘を選ばず、北の方向アルプスに向かいます(J-p107)。
⇒「ローヌ渡河戦Battle of rhone crossing
ローヌ渡河戦Battle of rhone crossing<>
ローヌ渡河戦は第二次ポエニ戦争中の戦闘である。ハンニバル率いるカルタゴ軍がイタリア半島侵攻を行った紀元前218年秋、ガリア人の一部族であるヴォルカエ族(en)とローヌ川東岸のおそらくはアラウシオ(現在のオランジュ)とアウェニオネンシス(現在のアヴィニョン)の間付近で衝突した。親ローマのヴォルカエ族は、マッシリア(現在のマルセイユ)にあったローマ軍の一部として行動しており、カルタゴ軍の渡河とイタリアへの進入を阻止するためローヌ川東岸に野営していた。カルタゴ軍はハンノが率いる分遣隊を上流に派遣して渡河させ、ヴォルカエ軍の背後を襲撃する作戦を実行した。ハンノは到着後に狼煙でハンニバルに連絡し、伏兵として待機した。ハンニバルの本軍が渡河を開始し、ヴォルカエ軍がそれに向かうと、ハンノは背後からこれを攻撃し、ヴォルカエ軍は撃破された。ローマ軍との直接対決ではなかったものの、カルタゴ軍の勝利はこの戦争に大きな影響を及ぼした。ここでカルタゴ軍の渡河が阻止されていたら、紀元前218年のイタリア半島侵攻も無かったと思われる。この戦闘はハンニバルがイベリア半島を出てから最初の大規模戦闘であった。

・ローヌ川を北にさかのぼり、「島」で、この地の部族の紛争(ブランクス)の解決に手を貸します。それにより山岳ガイドと護衛を提供してもらい、さらに北上します(J-p116)。


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<この地のハンニバル>
・ローヌ川に沿ったこのLoriol s-Dromeロリヨール付近から、推定されているルートは大きく2つに分かれます。
  最有力は「トラヴェルセッテ峠ルート」で、ここから東に向かう支流、Dromeドローム川に進む道(G-p60)。
  次の有力、「クラピエ峠ルート」で、さらにローヌ川を行き、約20km北でIsereイゼール川に沿うルート。です

・当時この地は、ウォコンティ族(ゴールの諸部族のひとつ)の勢力範囲でした(G-p58)。

・平坦な地方を通っている間、大きな戦闘はなかった。この地の部族の紛争(ブランクス)の解決に手を貸し、それにより山岳ガイドと護衛を提供してもらったことも大きいようです(J-p116)。


【広域推定ルートの地図(緑ルート)】

・ハンニバルが、このクレス付近を通過したのはBC218年10月7日頃。イタリア国境の峠越えまで19日。(アルプスの登り口まで4日ほど前:一日の行軍距離平均14km)


  【●ハンニバルの有力推定ルート】  →●次のポイント「Die」  または「クラピエ峠ルート」●「イゼール川〜グルノーブル〜アルク川(モーリエンヌ渓谷)〜」         ハンニバル応援
■参考資料:
 ・Gavin de Beerギャヴィン・デ・ビーア 『ALPS and ELEPHANTSハンニバルの象』時任生子訳:博品社(G-page)
 ・John Prevasジョン・プレヴァス『HANNIBAL CROSSES THE ALPS ハンニバル アルプス越えの謎を解く』村上温夫訳:白水社(J-page)
 ・Hans Baumannハンス・バウマン『ハンニバルの象つかい』大塚勇三訳:岩波書房:(H-page)
 ・The Green Guide:『French Alps』2001 Michelin:(M-page)
Battle of Rhone Crossing【wiki】
THE PASSAGE OF THE RHONE【解説:線画付】
Hannibal at the Rhone River
War Elephants:Rome and Carthage




<〜D9のルートをさらに南下・・・GRIGNANの城内で宿を見つけました・・・・>
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