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ヴェルバニアVerbania〜ストレーザStresa:

イタリアの平地を車で移動すると・・観光地はどうも・・お巡りさんまで登場して・・

イタリア:ピエモンテ州ヴェルバーノ県】[北村 峠一].(Kitamura)      

montgenevre-verbania
【Montgenevre〜Verbaniaルート】

●Montgenevre〜Verbaniaルート


 モンジュネヴル峠を下り、イタリアではすぐ高速道路に乗ります。12:30頃、高速の給油所に立ち寄り、ガソリンと同時に昼のパンで腹ごなし。マッジョレー湖の北まで300km以上走るつもりなのででトイレにも寄り、アイスでちょっと糖分も摂って・・・
「こんにちは」・・?誰、日本語の挨拶です。スタンドの若者が、一緒に居る妻に声をかけてきたのです。やはりイタリア人、昔ほどではないですが、女性へのサービス精神は健在ですね。挨拶を返し「どこまで?」「マッジョレー湖からスイスへ」・・などと


 トリノからミラノに向かう道路はずーっと修復工事が続きます。もともと2車線の巾なのに、その右側の工事部分を2mほどもあるコンクリート障壁を立て、残りの部分をまた2車線にしているので、本当に狭い車線巾です。走行車線(右側)の右側・助手席の妻からは、右すぐにコンクリートの壁、前後にはトラックがくっつき120km、追い越し車線を走る150kmくらいの車のスピードは200km以上にも感じます。そんなレーシングゲームが60-70kmも続いて、すっかり肩こり。


 このE64から北に向う分岐を見落とし、次のNovaraノヴァーラで一度高速を降ります。が一般道よりやっぱり高速道路だろうと、再度戻りの高速に乗りますが、ジャンクションでなく手前の出口に降りてしまい、再々度高速に。この先も含め4回、300kmほどで10eur(約1700円)でしたから、日本の高速道路の値段の高さを実感しますね。

●Novaraノヴァーラの歴史とイタリア統一運動

・BC196年:ノヴァーラは古代ローマに占領され、ノヴァリアNovariaと呼ばれた。
・5世紀:ロンゴバルド族支配下で、ノヴァーラは公国(フランク王カール3世の元で伯領)
・1110年:神聖ローマ帝国配下(ロンバルディア同盟:ミラノ・ヴィスコンティ家の封土)
・1513年:ノヴァーラの戦い=スイス傭兵がミラノのスフォルツァ家側に立ってノヴァーラを守るために、市を包囲していたフランス軍を敗走させた。
・1706年:サヴォイア領(アメデーオ3世)に
・1713年:ユトレヒト条約でハプスブルク君主国の一部に。
・1734年:サヴォイア領
・1796年:ナポレオン1世のイタリア遠征でフランス領
・1814-15年:サヴォイア家領⇒サルデーニャ王国⇒オーストリア帝国(ロンバルド=ヴェネト王国)
radetzky ・1815年〜:イタリア半島では民族統一運動が盛んになり、独立を目指し激しい闘争が繰り広げられていた。
・1848年7月:クストーツァの戦いで、ヨーゼフ・ラデツキー(Joseph Radetzky von Radetz)将軍の率いるオーストリア陸軍が鎮圧。
・1849年3月:ノヴァーラの戦い:サルデーニャ軍はヨーゼフ・ラデツキーのオーストリア軍に退けられ占領され、サルデーニャ王カルロ・アルベルトは退位。この敗北がイタリア統一運動の初期とされている。
・1861年:イタリアはフランスと手を組みオーストリア軍を打ち破り、イタリア王国が成立。

●ラデツキー行進曲Radetzky March と ノヴァーラ

・1848年:クストーツァの戦いの活躍を讃えるため「大勝利感謝祭」が8月31日に開かれることとなり、ヨハン・シュトラウス1世が愛国的行進曲ラデツキー行進曲 Radetzky Marchを作曲した。この行進曲は毎年1月1日、オーストリアのウィーンで開催されるニューイヤーコンサートでアンコールの大トリを飾る定番の行進曲である。  <ラデツキー行進曲 Radetzky March
ヴィーナー・シュニッツェル Wiener Schnitzel(ウィーン風子牛のヒレ肉の意)は、北イタリアを起源としていたが、15-16世紀ごろにウィーンに伝わったとされる。他の説によると、1857年にヨーゼフ・ラデツキー元帥により伝えられたとされる。<出典
ヨーゼフ・ラデツキーJoseph Radetzky(1766生=ハプスブルク帝国・ボヘミア・トレーブニッツ〜1858(91歳没)オーストリア帝国・ミラノ)
 ⇒★ヨーロッパ アルプスと歴史


●ヴェルバニアVerbania、パランツァPallanza


 トンネルのすき間からマッジョレー湖が見え出し、さてどの町に泊まりましょうか? Gravellonaのひとつ手前で高速を降り、湖を東に。Verbaniaの表示が何度も出て・・そろそろ次の町? 「きっと郊外は宿代も安いはず」と思い、右折。ところがそこはまだVerbaniaの高級別荘群、高級ホテルも並んで・・「これは宿代高い町だろうな・・でも、もう4時だし、<船の旅も(妻への)義務>だからここで見つけるか!」と腹を決め・・
−−−

 インフォを見つけ、一番安い宿「1☆のHotel-Novara」で70eur/泊・部屋を見せてもらい・・マッジョレー湖、島が見える場所で・・ここに決めます。

 ところが安い宿には専用の駐車場がない。宿の女将に「その白いマークのところはフリーだから」と聞いて・・・湖に面した道沿の無料駐車エリアから車が出て行き、妻が急いで場所確保に・・が、強引に他の車が入り・・次に空くまで10分ほど。やっと確保したのです。

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【d320.jpg:「Hotel-Novara」マッジョレー湖、島が見える部屋。湖畔側の無料駐車エリアは空きスペース探しに苦労する】

 風呂上りの6時過ぎ、湖沿いの散策に。記念碑や彫刻などを見ながら、少し涼しくなってきた湖畔を。

●Carlo Cadornaカルロ・カドルナ

・1809年この町、Pallanzaパッランツァで生まれ、1891年ローマで死去
・イタリアの政治家。1857年サルデーニャ王国の大統領に選ばれた。
・碑には「最高の政治的な思想家作家、祖国独立を、法の自由を、王と市民のために戦った」とある。

<その頃のイタリアの動向>
・1860年サヴォイ、ニースをフランスに割譲
・1861年イタリア王国独立
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Verbania Verbania
【d314.jpg:中心広場から見るSt.Leonard教会】 【d315.jpg:Carlo Cadornaカルロカドルナの碑】









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【d312.jpg:(ビール400cc3杯、スパゲティ、生ハム、サラダ30eur)の夕食】
 この船着場からストレーザ行きの便もあります、明日はゆっくり船旅にすることに。 そして8時まで待たなくても食事のできる船着場レストランで・・・今日は疲れました、ご苦労さんにもう一杯ビールを追加して、早寝です。
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【h047.jpg:前夜の大戦の慰霊碑と彫刻】

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【h965.jpg:この船着場からストレーザ行きの便もある】

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●ストレーザStresaへ船で


 深夜、雷が鳴り、早朝はどしゃぶりの雨。これでは船も出ないかと思いましたが、山の天気と一緒であっという間に晴れ上がります。9時半すぎに船着場へ。10:30Pallanzaパランツァの船着場発、途中の3島は庭園や建物が見事ですが・・まっすぐ=ストレーザ。

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【h966.jpg:ヴェルバニア、パッランツァの町を出発】

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【verbania-strasaルート】
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【h970.jpg:】

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【h972.jpg:船はIsola Madreに立ち寄る】

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【h978.jpg:Baveno付近】

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【h991.jpg:Isola Superiore】

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【d329.jpg:PallanzaパッランツァからIntraまで行こう】
 マッジョレー湖の眺めが最高だというStrezaストレーザの小さな町を散策。市内にかなり大きな銀行があったので、3日前になぜかキャンセルとなったカードはどうなっているだろうとと、400eurを下ろそうとしたら拒否されてしまいます。やっぱりどこかおかしいのか、ガイダンスに書かれている最大額250eur以上はだめなのか?

 一応TCトラベラーズチェックを換金しようと窓口に並び、max可能な500eurを現金にします。手数料は10eurで2%、イタリアとしてはかなり安い。多分このTCは2-3年前に作ったものなので110-120円/eurだったはずです。今朝のTVで168円/eurのレートでしたから、差50円/eur*500eur=2.5万円も儲かったことになるはず・・と気持ちに余裕が出ます。

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【d326.jpg:車なしなので・・昼からワインが飲める・・幸せ!スパゲティ、ラビオリ、サラダ】

 そしてワインを飲みたくなって・・・昼は町の中心のレストランで白ワインを。車を休みにするとこんなにゆったりできるんですね。ツアーの人はいつでも飲めてうらやましいですね。

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【h008.jpg:左Isola Bella島、正面Isola Madre島とその右にヴェルバニア・パランツァの町。遠方はM.Zeda(2156m)などの2000mクラスの山並み】

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【h015.jpg:背後のIsola Bellaベッラ美人島はバロック様式の庭園で有名】

●ストレーザからモッタローネ山に登るロープウェイが落下、14人死亡(2021.5.23)

・落下した観光用ロープウェーは、Stresaのマッジョーレ湖畔とMottaroneモッタローネ山(1491m)を約20分で結んでいる。
・午後0時半ごろ、山頂からおよそ300mの地点でケーブルが切れ約20mの高さから落下し、斜面を転がり落ち木にぶつかって止まった。
・自動ブレーキシステムは、日常的に誤作動がある影響から担当者が意図的に機能を停止させていたことが明らかになった。

・過去のアルプスエリアでのロ−プウェー大事故:
 ・1976年:カバレゼロープウェイ事故(43人死亡)
 ・1998年:カバレゼのロープウェイ事故:米軍機がケーブル切断(20人死亡)
 ・1999年:サンテ=ティエンヌ=アン=デヴォリュイ・ロープウェイ事故 Saint-Etienne-en-Devoluy(20人死亡)

https://en.wikipedia.org/wiki/Stresa - Mottarone_cable_car_crash
ケーブルカー事故・災害死亡者数
−−−

●イントラIntra経由で〜パランツァPallanzaに戻り


 15時にストレーザを出発、宿のあるパランツァPallanzaの次の、Intraイントラまで行ってみます。パランツァの湖岸の「Mausoleo di Luigi Cadorna:ルーイジ・カドルナ将軍の霊廟」は昨日も見ましたが、湖側からの眺めもいいもの。しかし、この将軍、あの1917年の「カポレットの戦い」での大敗北の最高司令官なのです。イタリア軍の戦死者は1万人以上、負傷者3万、捕虜30万、脱走30万。<激戦の様子はアーネスト・ヘミングウェイ『武器よさらば』も。>

●Mausoleo di Luigi Cadorna:ルーイジ・カドルナ将軍の霊廟

ルーイジ・カドルナ(1850-1928)の永眠の地、第一次世界大戦の間のイタリア軍の最高司令官


http://www.lagrandeguerra.net/【Luigi Cadornaの解説】
http://www.greatwardifferent.com/
ルイジ・カドルナ巡洋艦:進水:1931年9月30日
 一方のドイツ・オーストリア軍は、戦死・戦傷2万3千人のみで100km以上も前進したのですから、当然将軍は更迭となります。でも、やはり出身地元民の愛着は強く、こんな立派な碑が作られるんです。さらに軍人の間でも評判はよかったのでしょうか、以降建造された巡洋艦に彼の名前をつけていました。

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【h040b.jpg:ヴェルバニアのMausoleo di Luigi Cadorna:カポレットの戦い・大敗北のルーイジ・カドルナ将軍の霊廟】

 16時頃イントラに到着しましたが、あまり見るものもなさそうなので、湖岸の道を約1時間かけてパランツァまで散策しながら戻ります。19日修理した靴(ビブラムの接着)は目下は完璧で、自分の靴修理技術にはちょっと自信を持ちますね。

 シャワー、洗濯の後、7時から宿のレストランで夕食です。あまり客の居ないこのホテルのテラスに、若い歌手が弾き語りで歌ってくれるのですが、次の客が来ないのでなかなか席を立ちにくく、結局8時半過ぎまで頑張って付きあいます。

Verbania Verbania
【s808.jpg:Hotel Novaraは、写真では教会の真下に位置する】 【d330.jpg:子羊アニュエルのグリル、ポテトのチップ、スパゲティ、サラダ、ビール、赤ワイン】

 湖畔の夜の散策・・・高校生くらいのグループのカップルや家族連れが、たそがれ時の町をぶらぶらと。教会も夜ライトアップし、中に立寄ってみますが、信心深い若者は誰も居ず・・

 部屋に戻って・・2階のこの部屋から・・対岸のストレーザのライトの明かりが輝きだすのをボーと眺め、階下のレストランの熱唱を・・12日間ずーっとバッグに入れて移動し、チビチビ飲んでいた最後1-2cmの赤ワインを飲みながら聴いて・・

 10時半、そろそろ声も枯れてきた彼女は、今までのイタリアンポップスと違って・・「オンリーユー」を英語で歌っている・・客も居ないみたいだし・・そろそろ終わりなのでしょう。結局、あの弾き語りと店の人たちの笑い・雑談は夜遅くまで続き、多分終わったのは0時すぎ。そしてその後に宿泊客でしょう・・夜遅くまで騒がしい声が! この宿は1☆だけのことはあります・・・

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【d335.jpg:パランツァPallanza湖岸の360度:陸側】

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【d336.jpg:南側】



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【d320.jpg:前夜一杯だった車が一台のみに】
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●金曜・早朝・・お巡りさんが・・


 7時、妻が「お巡りさんらしい人が、何か紙に書いている」とあわてて起こします。なんだろうと外を見下ろすと、小雨の駐車場には僕たちの車1台だけ。警官が紙をワイパーに挟んでいます。駐車違反? 「あそこの白いマークはフリーだ」と宿の女将が教えてくれたところなのに。

 ベランダから50mほど先に居る彼に、「ポリス!・・」と大声で呼びましたが、気づかない風です。あわててズボンとシャツを着、メガネと車のキーを持ち外へ。宿の外への出口は、自動ロックなので半ドアにして出ます(以外にこんなところに余裕が・・)。まだその警官は車の付近に居て、
「なにかあったのか」と聞きます。

 どうやら「金曜日はマーケット=市が開かれるので、ここは駐車禁止」とのこと。
「私はあのホテルに泊まっていて、ここはフリーだと言われた」と説明しますが、彼は、「Pay(払え)」と言って銀行の方向を指差すだけ。車はここのままで動かさなくて良いから、宿から出るときに払っていけ・・とワイパーにはさんだ紙を渡してきます。

「フランスに住んでいるのか?」「いや日本から来てこれはレンタカー」
 罰金はいくらかと聞くと「36eur」(約6千円)。そんなバカな、ホテルの主人が「ここはフリーだと言った」とかなり抗議しますが、彼は頑として「Pay」と言うだけ。あきらめましょう・・その紙を持って宿の部屋に戻ります。

 部屋で妻と状況を話しながら外を見ると、あの警官がこちらを確認し「Go-Away」とわめいています。 ? どうやらやっぱり車を動かせと言っているらしいのです。

 あわてて戻り、車を青い有料コーナーに動かし、チケット売り場に行こうとすると、その状況を見ていた果物マーケットなどの準備をしている若い男が、
「そこも市の場所でだめだ。あそこの建物の場所へ動かすといい」とアドバイスしてくれます。

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【d343.jpg:マーケット風景。右の若者が素人警官に「ひとこと」言った人だろう】

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【h047.jpg:早朝豪雨の中のMadonna di Campagnaマドンナ・デ・カンパーニャ教会】

宿●:イタリア:(Piemonteピエモンテ州):
Verbano-ヴェルバーノ・クジオ・オッソラ県 Verbaniaヴェルバニア
<Hotel Novara  (☆1)>

2007年6月20-21日、2泊。
・マッジョーレ湖周辺ドライブ・ハイキングの基地として
・Pallanzaの湖に面した町の雰囲気は良い
・宿は中心広場に面したところで、レストランはうまい。
・ツインルーム(食事なし)70 eur(約11.6千円)/2人・泊
・駐車場は目の前の道路。都会のため無料部分を探すのに苦労。
私のお勧め度:

Hotel Novara


・住所など:Piazza Garibaldi 30. 28922 Verbania Pallanza Italy
・Tel:+ -323-503527。
・E-Mail: info@hotelnovara.com
地図

●利用した宿一覧へ
−−

●なんとまた・・あのお巡りさんが・・


 車をもっと西にある駐車場に移動したところに、あの警官がまたやって来ます。また何のクレームかなと思っていると、
「駐車違反はOKにする、紙をよこせ」と、違反の紙と振込用紙を回収します。どうしてなのかの説明はありません?

 今度移動したPの場所は有料の青マーク。8:30-12:00が有料で、今7:30前。一応払っておこうとコインを捜しますが2eurコインしかなく、2時間のチケットをそのあたりに居たおじさんに操作をきいてゲットし、フロントガラスに置きます。

 8:30頃宿を出るために精算しますが、「あの場所はフリーだと言われた」・・そして「今朝のどたばた」・・をクレームしようと思っていましたが、あの女将は居ず、別の若者。見逃してもらった今、クレームはしないことにします。こういうときに限って例のクレジットカード(IC)がエラーになり、持っていた別のVisaカードで支払いします。

 雨の小降りになったタイミングで、広場をバック類を引っ張って車のところに着くと、あの警官がPOLISと書いた車から見ています。なんか嫌味かな? でも新人なのかな? ちょっと「悪かったね」みたいな態度にも見えるし・・と、手を上げて挨拶すると、相手も同じように返してきます。

 あの警官は一度、「車は動かさなくて良い」と言ったのですが、マーケットの人に「動かさないと俺たちが困る」と言われて、言葉を覆したのでしょう。間違いなく素人、しょっちゅう携帯で誰かと相談していたみたいだし・・
 結局マーケットが始まる前に動かしたし、隣国(競争国)フランスに住んでいるのではなく、日本人観光客でレンタカーだと知って情状酌量にしたのではないのでしょうか?

 荷を車に乗せた後、せっかく10:30までの駐車料を払っているし・・あの警官もチェックしてくれているし・・と、果物をマーケットに買いに行きます。さっき、駐車場所を教えてくれたマーケットの人は、フルーツ類を売っています。
「どうだった」「そうか見逃してくれたか、よかったなー」「罰金の額は36eurだったろう」・・
 このおじさんが素人の警官にひとこと言ってくれたお陰でもあるのです。2-3日分の果物として、バナナ6本、リンゴ4個、チェリー1kg=10eur(約1700円)を買って、記念にマーケットとおばさんの写真を撮らせて貰います。

 激しい雨がまた降りだし、Madonna di Campagnaマドンナ・デ・カンパーニャ教会の前までちょっと行ってみて・・被害も出そうなほど、かなりひどい降りの中、マッジョレー湖畔に沿って次の目的地スイスに向かいます。

●関連サイト


http://www.italianvisits.com/【Verbaniaのガイド・地図】
http://www.verbania-turismo.it/【Verbaniaガイド】
http://www.visitstresa.com/【Stresaガイド】
http://www.verbania-turismo.it/【Verbaniaガイド】

<関連書籍・地図>

touring-club-italiano
Piemonte,Valle D'Aosta
ピエモンテ、アオスタ州 (TOURING CLUB ITALIANO)1/200,000

『チーズで巡るイタリアの旅』本間 るみ子 (著)
4840108196
ロンリープラネットの自由旅行ガイド イタリア
ダミアン・シモニス

4840114382
ベスト・オブ・トリノ
サリー オブライエン Sally O’Brien

Kompass社の地図 紀伊国屋で[洋書 Kompass Karten] のキーワードで検索)

ヨーロッパ・アルプスエリアの国とハイキング・トレッキング・ドライブの地図:index

イタリア・トリノ:
 2006年冬季オリンピック関係



<マッジョレー湖にそってスイスへ・・>
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