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【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
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Clelles/Mt.Aguille クルレの村/モンテギーユ山-2
 すばらしいディナーを食べながら、この山を見ることの出来る席・・・最高です

翌日には、山の壁面までしっかり見えて・・・2泊分の料理を一堂に並べてみると・・・お勧めです・・・が、日本からの観光バスのコースにならないか・・・心配です。


 素晴らしい夕日に満足して山にむかう道から戻ります。農家の納屋の間で・・・「CLELLES・MENS」クルレ・メン駅前で・・・何度もモンテギーユ山のシルエットを振り返りながら。

   【204.jpg:農家の大きな屋根の納屋】 【216.jpg:「CLELLES・MENS」クルレ・メンの駅前】


【234.jpg:シストロン方面とグルノーブル方面をつなぐク国鉄の線路】


 HOTEL-FERRAT、このガラス張りのレストラン。その一番右の窓際は、モンテギーユ山を眺めるのに一番いい席です。2泊した僕たちに、宿の人はずっとここを予約席にしてくれました。料理と眺めの両方、僕たちは心身ともに大満足。

 
【236.jpg:HOTEL-FERRAT。正面がレストラン、部屋は右の棟に】 【245.jpg:窓に映るモンテギーユ山の頂】


●HOTEL-FERRATの紹介

・宿名:HOTEL FERRAT
・ランク:* *  LOGIS DE FRANCEに加盟しています。
・住所:Quartier de la Gare - 38930 Clelles
・URL: http://www.gaf.tm.fr/en/france/hotel/rhonealpes/isere/clelles.php
・TEL : 04 76 34 42 70
・FAX : 04 76 34 47 47
・価格:B&B=47-49eur・・・2泊4食した僕たちは、十分なワインも含め・・・200eur約≒23k\でした。

・・・絶対お勧めです。山歩きにも、ドライブにも・・・
・・・でもちょっと心配なのは、日本から大型バスでのツアーコースにならないように・・・


【251.jpg:正面からのHotel。右上にモンテギーユ山の台形が見える】









 夕食、あの山が見える窓際の席がリザーブされていて・・・見ても楽しい、食べたら美味しい、ワインも昨夜泊まったシャルトルーズ付近の・・・Yさんとの楽しい夕餉が、夜遅くまで続きます。
(料理の写真はこのページ下にまとめて)
【268.jpg:レストランの席からのモンテギーユ山】


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 朝が来て・・・夕焼けなら次の日は晴れ!・・・と思っていたら、残念ながら雨模様。山の頂きに厚い雲が乗っています。

 Yさんから、山の麓を散策した写真が送られてきました。モンテギーユ山をもう少し横から見た写真や、美しいお花畑です。






【272.jpg:】

 夜行電車で到着したYさんのフィアンセを乗せ、モンテギーユ山の麓、Ruthiereのさらに奥のRichardiereで下ろします。お二人は山の周りを散策されるそうです。残念ながら小雨が降っていますが、こんなときは林の中を歩くのだといいます。本当に山歩きが好きなんですね。

僕たちはこの山の西側ヴェルコールの山塊を、いくつもの峠と渓谷を走って来ようと出発したのです・・・が、
 ↓
Col de Menee ムネ峠(1457m)・・・相変わらず雨。

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St.Roman/Chatillon-en-Diois サン・ロマン/シャティヨン・アン・ディオワ・・・サン・ロマンまで来たところで急激な頭痛。時差ぼけと同時に、この雨模様の天候でも南仏の紫外線は強く、雪目になったようです。しばらく休んだ後、サングラスをかけて・・・ハンニバルのルートを引き返します。

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Gorges des Gas ガ渓谷・・・カルタゴ軍がこの渓谷で奇襲を受け、数千人の被害を受けたところ。(と推定されている)

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Glandage グランダージュ村・・・奇襲から逃げて、体勢を建て直し・・・古い教会がある場所です。

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Col de Grimone グリモーネ峠(1318m)・・・この峠を越えて、デュランス流域の豊かな盆地に

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Col de la Croix Haute クルワ・オート峠(1179m)・・・北上して峠を越え、イゼール川の流域に。

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 Clellesクルレの村に近づいたとき、その前方に・・・あの2086mのモンテギーユ山が・・・ついに姿を現したのです。どうしてこんな不思議な形の山ができたのでしょう。 ギリシャの諸神がその山頂にいたという、神話の山オリンポス。1492年に初めて登頂され、第二次世界大戦末期には、アメリカの連合軍はこの山を目印に北上し、フランスを開放していったといいます。

●romeosierraさんからの、モンテギーユ山と第二次大戦の情報

 この岩山は素晴らしいランドマークで遠くからでも判ります。
1944年8月、南仏に上陸した米第6軍団、45師団などの進撃路の一つだと思います。
第7軍は、やがてボージュのロレーヌ側で所属の日系人部隊第442連隊の 壮絶な戦闘後、アルザスを奪回、さらにラインを越えて今のアルペン街道を含む ババリヤを進撃、ベルヒテスガーデンに到達します。

「第二次世界大戦」。ジョン ピムロット(著), 田川 憲二郎(訳),河出書房新社p155:1944.8.15-9.12】などもも参照して下さい


【339.jpg:右のクルワ・オート峠峠の方向から下ってきた。】


【351.jpg:この台形の山を正面に見て・・・ガソリン・スタンドのおばさんが誇らしげに山を指差す。】


【372.jpg:モンテギーユ山の台形をアップしてみます。孤立した岩山の周囲の垂直の壁面は、どのくらいの高さがあるのでしょうか】


 そろそろガソリンが減ってきたなと思っていたときだったので、すぐ道の先のガソリンスタンドに立ち寄ります。480km・36リットル・39eur(≒4.5k\)。お金を払うとき、おばさんが山を指差して言います。「あの山を見よ!フランスで、世界で一番の眺めだよ!・・・たくさん写真を撮りなさい!」・・・地元の人にもこんなにも自慢の山なのです。


【388.jpg:クルレの村の交差点。左に行くと駅やホテルへ、右がClullesクルレやMansマン村に】


 3時過ぎに宿に戻り、昼寝をします。目の疲れ、時差の疲れで気がついたらディナーの時間。Yさんたちとの楽しい会話と、宿のおいしい夕食は時間を忘れさせます。


【266.jpg:初日の夕食:モンテギーユ山の台形が窓から見え、サーモン、トラウト、サラダ、デザートなど・・・Yさんとの会話は遅くまで】


【460.jpg:2泊目の夕食:今日は子羊を頼んで・・・今晩はYさんのフィアンセも一緒で、遅くまで盛り上がります】

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 翌朝、天気はまだ曇り。気温も上がらず・・・ヴェルコールを回るのは今回の旅ではあきらめ、もう少し南のあったかいところに行けば、天候も回復するのでは?
Yさんたちと別れ、クルレの村からMensメン村を経由し、南に下って行くことにします。


<Corpsのダム湖から南に、Festre峠を通り、Gapガップ方面に・・・・>
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