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Semmeringセメリング峠(980m)〜Maria-Schutzマリア・シュッツ(760m)〜Schottwienショットヴィーン(569m)〜

:セメリングの旧街道を・・

オーストリア:シュタイアーマルク州 / ニーダエスタライヒ州】[北村 峠一].(Kitamura)      


【Semmeringの旧道にある、Schottwienショットヴィーン教会と高速道路】

4泊したSt.Lorenzen im Murztalから、次の宿:ハンガリー国境に近いRustルストに向かいます。
下の地図で、ピンク色の線は分水嶺。
まず、ゼメリンク峠に、そして「アルプスを最初に越えた鉄道(世界遺産)」が1854年に開通するまで、活気のあったかつての道路をたどってみます。


【ピンク色=分水嶺(南:Murz-Mur川流域、北:Leitha川流域)。赤色=走行ルート】

●Semmeringセメリング峠(985m) 【●峠DB】<●2006年の紀行> <世界遺産>・・



【峠からの風景:Carolus Monument。南にスキーリフトとコースが見える。】



・Carolus Monument:カールVIモニュメント。
 皇帝Karl VI.(カール6世)はウィーンと南を高速接続のため、1728年にセメリング道路を整備建設するよう命じ、皇帝自身1728年6月21日にその新しい道路を通過した。

2006.6.22-23に泊まった宿:Gasthof Berghofベルグホフ

【2006.6.22-23に泊まった宿:Gasthof Berghofベルグホフ】


【峠を下ると、高速道路がトンネルに入ってく場所が見える。直進で高速道路の下をくぐってMaria-Schutz方向へ】

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●Maria-Schutzマリア・シュッツ(海抜760m)・・


峠を北に下り・・これが鉄道・高速道路ができるまでの旧道です・・
 3-4km行くと、道路わきに立派な教会があり聖母子が祭られています。
  絵葉書と、ついでに脇にあったお土産屋さんで、民族衣装風の格安ベストを・・


【Katholische Kirche Maria-Schutz】

●Maria-Schutzマリア・シュッツ

・古いセンメリング道路沿いの村
・Maria Schutzマリア・シュッツは、Marien-Wallfahrtsortマリア巡礼の南 Niederosterreich州最大の教会。
・最初の礼拝堂は1721年に建てられた。

https://de.wikipedia.org/【wiki】
谷の向こうに、高速道路と世界遺産の鉄道路線が見えます。
2006.6.22、Semmering-Railwayゼメリング鉄道から見えた「高速道路と遠方の教会の塔」は、この教会だったのです。
Semmering Semmering

【2006年の旅で見た風景】

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semmering周辺map
【谷の向こうに、高速道路とSemmering-Railwayゼメリング鉄道が・・】【●Semmering⇒Maria-Schutz⇒Schottwienの地図:クリックで拡大:赤線が鉄道・高速道路ができるまでの旧道】

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●Schottwienショットヴィーン(海抜569m)・・


さらに 3Kmほど下った村、高速道路の真下には、歴史がありそうな教会があります。Sschottwien 教区教会です。


【Schottwienショットヴィーンの聖ファイト(ヴィート)教区教会】

高速道路があんなにも高いところを走っています。

大昔の交易、この場所をたくさんの馬車・牛車・人々が、セメリング峠への古い街道を汗かきながら登って行ったのです。

この場所が海抜569m、セメリング峠が985m、その差416mを登り下りするのは人力では大変なことです。砂利道、大雨が降った時は泥だらけの凸凹道・・・

それが今、鉄道・高速道路が出来、トンネルが貫通し・・私のような観光客までもが車で簡単に移動できる・・

当時考えられないような、大量の地球エネルギーを消費する時代に・・


【Semmering峠⇒Maria-Schutz⇒Schottwienの3DMap:鉄道・高速道路ができるまでの旧道が赤い線:●クリックで拡大】

【高速道路が遥か高いところを走っています】


【教会内部】

●Schottwienショットヴィーン:旧道と教会


・Schottwienショットヴィーンは、1854年にSemmering-Passセメリング峠に「アルプスを越えた初の鉄道」が建設されるまで、の古いセメリング街道でした。
・このSchottwienを通過する古いセンメリング道路は、12世紀以降のハプスブルクの貿易拡大に大きく貢献した。イタリアとの貿易ルートは「ヴェネツィア」〜「フィラッハ」〜「ブルック」〜「schrage Alpendurchgang(アルプス回廊峠)」〜「ウィーン」が重要なルートで、アルプスを介してのメインの通行経路となった。
・その重要性のためたくさんの人、牛車、馬車がこの道路を通行したが、道路は険しかった。

・Schottwien kirche教会:村の中心にあるheiligen Veit (Vitus) 聖ファイト(ヴィート)教区教会の歴史は14-15世紀にさかのぼる。
・教会はLiechtensteinリヒテンシュタインの下で15-16世紀初頭、後半ゴシック様式で再建された。

https://de.wikipedia.org/【wiki/Schottwien】
https://www.meinbezirk.at/【schottwien】



<さらに東へ・・ >

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