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【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】

Espinasses エスピナスの村 
・・・アンデスあたりの場末の酒場?

 デュランス川のダムの村でやっと見つけたホテル・・・が、ちょっと/相当不安です!! 時代に取り残されたような、古い漆喰壁の村。赤黒い粒のサクランボ。
フランス:(05)オート・アルプ県】 [北村 峠一].(Kitamura)     

 ガップの町を出、Isereイゼール川、Duranceデュランス川の分水嶺1500〜1200mの峠(Bayard、Manse、Moissier峠)を走ったあと、今日はあまり無理せず早めに宿を見つけようとします。ところがこのEmbrunアンブランにむかう国道N94号線の沿線には、ぜんぜん「ホテル」「ペンション」「空き室あり」のマークや看板が出てこないのです。しかたなくさらにポンソンの湖岸に沿って南下。

 この湖、あの映画『河は呼んでる』(「木を植えた男」のジャン・ジオノの作品)の舞台になったダム湖です。ストーリーはもう定かには思い出しませんが、メロディは「デュランス川」「オルタンス」から自然に口から出てきます。可愛い子だったなーと、主演のパスカル・オードレの顔も思い出します。このダム、1958年にでき、映画も工事の進行に合わせ撮影されたといいますから、まだ当時を知っている人も住んでいるのでしょうか。
 湖岸を見下ろすところに、Lebrautレブラウ峠(1110m)という見知らぬ峠の看板が現れます。ダムで道ができ、そこに峠もできたのでしょう。新しいこの峠も、ダムと一緒に歴史ができていくんですね。

 ダムサイトは見晴台だけ、下ったところLes Celliersセリエール村とEspinassesエスピナス村の境に到着。この付近、デュランス川に沿ったルートと、Barcelonnetteバルスロネット、Digneディーニュ方面の分岐点で、地理的にもっと大きな村と思っていたのですが、雑貨屋すら見えません。
 珍しくあの先でお巡りさんが数人、通行中の車を次々と止め、車の中を覗き込んでいます。凶悪犯?犯罪多いのこの付近?と考えながら、2-30台の渋滞のうしろに付きます。ついでに「この付近、ホテルはないですか」と聞こうと思います。・・・が、僕たちには「先に行け」と指示します。聞こうと思った時、道のわきに古ぼけた二つ星のホテルを見つけます。

 今までの例で、宿を探そうと車を停めたときは、満室以外はほぼそこに決めていました。が、今回はちょっと悩みます。この建物、はっきり言って壁に亀裂が入って、ほこりで汚い。道路ぞいでトラックの振動などうるさいかな?。でも、この付近で泊まらないとこの先、また山に入るからなー・・・と。ホテルの入口は閉まっていて、矢印でバーのほうに行けと書いてあります。そのバーの入口、安いプラスチック玉でできた、長いノレンも薄汚れています。きっとハエの浸入を防ぐためで、常連さん達もそんなことは気にしないのかな・・・。と、意を決して店の中へ。

 薄暗い店の中は期待?以上でした。たくさんの目線を感じます。まだ4時過ぎなのに、もうかなり飲んで赤い顔の数人が、カウンタとテーブルからじろじろ見ます。「変な外人が何をしに来たんだ?」という顔で。脇の古ぼけたゲーム台(手で木の人形を回すサッカーゲーム)からも、男の子たちが見ています。一番の驚きは、カウンタの中。アンデスの原住民を思わせる色黒・丸顔、そして黒っぽい服の4-50歳台と見える太ったマダム。

 西部劇・・・南米の場末の酒場って、こんな風なのかと思わせるような。緊張しますが、ここまで来たら何も言わずに出るわけにも行かず、「1泊の部屋はありますか?」。それを聞いて奥のほうから出てきたのは40歳台のコック姿、まあ普通の宿の主人。すこしほっとします。

 厨房の横の暗い階段を登ったり降りたりして、案内されたのは内庭に面した比較的新しい部屋。ここに決めます。増築したこの棟には、IDキーで裏側の駐車場から出入りするようになっており、さっきの心配はまた少し減りました。シャワーのあと、村の散策に出ます。


【298.jpg:村の西の教会と,南に広がるデュランス川が作る河川敷、農地】


【242.jpg:左から:古い漆喰壁・窓の家。教会への細い道。川に向かう斜面を下る路地。古い石積みの家。教会の尖塔】



【1c8.jpg:デュランス川にかかる橋から見る下流。シストロン方面に下っていく。】


【1a8.jpg:下段のダムとその上を走るD900号線。向かいの山はClot le Cime(1594m)。遠くに上段のダムが見える。矢印左「Route des Fruits et des Vins:花とワイン街道」の道を行くと、ダムサイトに登る。】


 デュランス川の両側の山は、褶曲した白い石の地層。あまり大きな木は育たないようです。その間を流れる幅の広い川、その南にあるのがこの日当たりのいい村です。ダムが作られたあとすっかり忘れ去られたような村で、教会、石積、漆喰壁の家々、作られている野菜までも古ぼけて見えます。そしてどこの家の庭にも、赤黒い粒のサクランボがたわわです。食べられるのかなとちょっと心配しましたが、ホテルの内庭の粒は熟して甘味が・・・毒ではありませんでした。


【259.jpg:宿の裏庭の荷車と、南側の展望:左Clot le Cime山(1594m)、右le Pin de Cendre山(1351m)の褶曲した地層】


【267.jpg:北の展望:Mt-Colombis(1733m)山。右方向がダム】


【178.jpg:村のどこにもさくらんぼが一杯。色が赤黒い。おいしい。食べ放題?】


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 ホテルの夕食は8時からと遅いのです。みなさんそれまで道路にむいたテラスで、ビール、ワイン、かなり強そうなアルコールを。バーの中から先ほどのお客でしょう、真っ赤な顔で・・・ふらふらしながら道路を渡り、ポンコツの車をUターンさせて帰っていきました。
 まだ7時、僕たちものどが渇いてビールに、そしてすぐにお代わりになります・・・。

 宿の女の子、小学校の高学年?あのマダムの子供?・・・可愛いじゃないですか。ご主人には似ていないような気がします・・・。ビデオカメラを向けます。
 むこうの席のお客さんも地元の人。この娘のことはもう小さい頃から知っている風です。僕たちに「あれをして見せたら・・・これを着たら・・・これ貸してやる・・さあ注文を・・」と、まるで着せ替え人形のように、はしゃいでいます。

 多分あのマダムも、小さい頃はこうやって可愛がられたのでしょうね。そしてこの村を出ることなく結婚し、ホテル・バーの経営を継ぎ、子供に振り回され、いつのまにかあのような、アンデスの風貌の無頓着さになってしまったのでしょうか。 はじめのこの宿への心配は、アルコールが入るごとに薄れていき・・・最後になって・・・「ああ、今日は日曜。だから昼間から飲んでいたのか。そして警官も。」と気づきます。


【236.jpg:たそがれ時、テラスで、宿の女の娘とお客さん。】


 歓談の中で、あの娘のエプロンの絵のことを話してくれたのですが、理解できませんでした。デザインはどこかで見たような気がしたのですが、フランスのサッカーチームのマークかな?とも。

 BRESSE・FRANCEは、フランス・Bresseブレス地域(アルザスの南西の3県)の有名な鶏肉供給元の名前のようです。
http://www.pouletbresse.com/

 →yukiさんから次のような投稿がありました。
ブレス産の鶏肉は、フランスで一番有名で、おいしいレストランのメニューにもブレス産の鶏肉、と書いてあるぐらいです。日本でいうならば、「名古屋コーチン」みたいなもの。・・・・とのことです。ありがとうございます。
 
【223.jpg:エプロンのBRESSE・FRANCEのマーク】  【bresse.jpg:BRESSEの広告】

参考URL:
●Espinass付近の地形・炭酸カルシウム石の褶曲した地層などを解説したサイト:
   http://www.geol-alpes.com/w_gap_digne/_lieux/_gapencais_lieux/espinass.html
 GEOL-ALPhttp://www.geol-alpes.com/・・FRENCH ALPSの地学を、写真・絵で解説。英語翻訳も。
Elephants

●「ハンニバルと象」がこのエスピナス(推定)を進軍した当時の状況など

 −− ポリビオス(BC200-BC118)の記述による。「」は推定の地名 −−
 ●前のポイント「Gap」←  【●ハンニバルの有力推定ルート】  →●次のポイント「Poncon」




【ハンニバルの行軍推定ルート(緑実線)、今回のドライブルート(赤点線)、1998年のルート(黒点線)】


<ここまでの経緯>
 「Serresセレ」付近で一日休養し、前日の奇襲の疲れなどをとったハンニバル軍は、「ガップ」を経由し、「デュランス」川をさかのぼり、この「エスピナス村」、または「現在のポンソン湖」付近で野営した。

 前日に続き、なだらかで幅広の見通しのよい土地を、軍は比較的安全に進むことができた。

<この地のハンニバル>
 この地点のハンニバル軍の規模は、歩兵3.5万人、騎兵7千6百、象26頭。


より大きな地図で 2002Travel-Root-Point を表示
 紀元前218年「10月15日」この付近で野営。アルプスの登り道から5日目。イタリア国境の峠越えまで残り10日。

 この付近を進攻中、道沿いの部族の長老らが、友好のしるしとして[枝と花輪]を持って挨拶に来る。そして自分達はアルプスの、イタリアに向かう峠付近の代表者であり、アルプロゲス族のように刃向かって占領されるようなことはしたくない。山への道案内人と食料を提供したいと申し出る。ハンニバルも懐疑的には思ったが、道案内と食料の必要性などから、多数の人質を出すことを条件に受け入れる。そして「デュランス」川にそって前進。
  ・・・・・実は、そのために・・・!!!


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・・・皆さんの想定、推測情報などありましたらお願いしますハンニバル応援

参考資料:
 この記載情報はポリビオス(BC200-118)の記述による。これをもとにルートを推定・解説している本は以下のものである。
 ・Gavin de Beerギャヴィン・デ・ビーア 『ALPS and ELEPHANTSハンニバルの象』時任生子訳:博品社(G-page)
 ・John Prevasジョン・プレヴァス『HANNIBAL CROSSES THE ALPS ハンニバル アルプス越えの謎を解く』村上温夫訳:白水社(J-page)
 ・Hans Baumannハンス・バウマン『ハンニバルの象つかい』大塚勇三訳:岩波書房:(H-page)
 ・The Green Guide:『French Alps』2001 Michelin:(M-page)

<Ponconポンソン湖のダムを見にいきましょう・・・・・>
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