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Col du Grand St.Bernard (Colle del Gran San Bernardo) グラン・サン・ベルナルド峠 2473(2469)m MAP


【そろそろ今夜の宿を見つけながら峠に向かいます・・・Liddesの村も雪山が見え、教会もいい村ですね・・・が、次の村まで行ってみましょう・・・正面の右側が峠方面、雪山は3734mのmt.Velan?、左の尖った山は4314mG.d.Combinの手前の山でしょうか】 ・・a4.jpg ・・a7.jpg ・・a8.jpg ・・b4.jpg ・・0b9.jpg

【最後のBourg St Pierreの村で、宿を確保し、峠とトンネルを往復しましょう・・・残念ながら曇っています・・・眺めはききません】 ・・007.jpg ・・011.jpg
【この峠道は岩の間をぬって作られています・・・サイクリストも登っていきます・・・所々に国境の警備設備がありますね】 ・・017.jpg ・・030.jpg ・・036.jpg ・・040.jpg
【イタリア国境付近で道は西に向かいます・・・東側遠くに見えるのは4300-3700mクラスの山です・・・晴れたらすごい眺めでしょう】 ・・055.jpg ・・065.jpg ・・072.jpg


【峠の頂上に近づくと霧がひどくなり、展望がさらにきかなくなりました・・・暖房のある車から出ると風もあり外を歩ける状態ではありません・・・
古代ローマ時代の人々もすでにこの峠を通っていたといいますが、道に迷う人や、寒さなどで倒れる人も多かったのでしょう・・・アオスタの聖ベルナールSan Bernardoが、1050年頃に旅人のための救援所を建てた必要性分かります・・・
標高は2473mとも2469mとも・・・】 ・・075.jpg ・・080.jpg ・・096.jpg

【晴れるとこんなにきれいな眺めのようなのですが・・・】 ・・0e1.jpg ・・panf.jpg
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【お土産屋さんには、セントバーナード犬のマスコットが・・・アオスタの向こうの、ピッコロ(小)・セントバーナード峠もセントバーナード犬のマスコットがいっぱいでしたね・・・あそこも聖ベルナールがホスピスを建てたのでしょうか

・・・Musee美術館があります。セントバーナード犬の種の保存をしているとのことで入ってみましょう・・・】 ・・0a5.jpg ・・0c1.jpg ・・0c8.jpg
【1997年の親犬、今日雄3雌3匹が生まれたのです】 ・・0d3.jpg ・・0d4.jpg
【美術館には、このアルプスが実は海だったというアンモナイトの化石、ローマ時代の兵士のスライド、当時の風景スケッチや、吹雪での遭難や救助の絵など・・・】 ・・108.jpg ・・0e3.jpg ・・0d6.jpg ・・0d7.jpg ・・0e5.jpg ・・0e6.jpg ・・0d8.jpg

●ナポレオンの峠越えのこと

1800年、ナポレオンが4万人の軍隊と3000頭の馬を引き連れて雪の峠越えをし、マレンゴのオーストリア軍を急襲撃で、勝利。

(峠越えが1800.5.15-21、戦いが1800.6.14。5月の後半は今でも峠は閉鎖されていますから、当時は当然、峠とその前後の道は数mの雪で覆われていたはずです)
Marengoマレンゴは、Alessandriaアレッサンドリア=トリノの東、約80kmのポー川支流に面した「藁わら:米作の地」です。


<ナポレオンは、その昔、ハンニバルがアルプスを越えてローマを襲撃した戦略を思い浮かべたと思います。・・・BC217年に、ハンニバルが象とともに越えた峠は、検証によるとずっと南の地のようです (歩兵3.8万人、騎兵8千騎、象37頭)と兵の数もほぼ同じだったのですね>

この勝利の直後、Simplon passシンプロン峠が「大砲が通れる道」として、ナポレオンにより整備されました。1800年(着手)〜1805年(完成)

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<イタリア側の下りは、緑の多い整備された道です・・・>
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