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Aravisアラヴィ峠へ戻る//自動車の歴史とアルプスへ  English-Translation-site

アラヴィ峠の古い絵葉書 (旅の前に)
Vieille carte postale de Col des Aravis (Avant le voyage)
−−ツールドフランス、クラシックな自動車、峠のホテルなど−−20世紀の旅、行動範囲の急激な広がり【●峠DBへ

⇒2005.9.21訪問紀行へ Au compte d'un voyage   [北村 峠一].(T.Kitamura)      


 『お遍路入門』加賀山耕一著、ちくま新書のイラスト・挿画を描かれた 小野塚康江さん から、古いポストカードを見せてもらいました(2003.10)。その10枚ほどの絵葉書は、パリ・セーヌ川の蚤の市で入手されたとのこと(*:2)。それは「Col des Aravisアラヴィ峠」の「Chalet Hotel des Rhododendrons(シャレー・ホテル・ロードデンドロン):山小屋しゃくなげ」が作成したもののようです。
Le peintre feminin Yasue Onozuka qui habite a Tokyo a la vieille carte postale des Alpes.(*:2) Elle est faite par "Chalet Hotel des Rhododendrons" de Col des Aravis.

 私もまだ(2004.3時点)、このフランス・アラヴィ峠には行ったことがなく、どんな峠なのか、いつごろ撮影したものなのか、どんな時代だったのかなどの興味で、Web検索や本、さらには友人への問い合わせなどで少しづつ探してみたのです。ところが調べるに従いツールドフランスや自動車の歴史から始まって、今は消滅してしまったサヴォワの王朝など次々に新しい分野の調査に目が行き、いつまでたっても終わりそうもありません。

 そこで中間情報として以下に概略を整理してみましたが、最近100年間の急激な行動範囲膨張のようなものを感じています。
●初稿:2004.3/<<<date:2005.10      

1.どこにある峠なのか(Endroit)

 このアラヴィ峠の位置を地図で現します。フランス南東部、イタリア国境に近いアルプスエリアにあり、モンブラン、シャモニーの西約30km、ジュネーブの南東約50kmにある山岳地帯の峠です。ここは主要道路(日本で言う1級国道)ではなく、地方道(県道レベル)が走っています。その標高も1498mしかなく、地図から見るだけでは、それほど特徴のある峠ではありません。

aravis-map
【峠の位置:図左:フランス南東部、イタリア国境に近いアルプスエリア/図中:モンブラン、シャモニーから西に約30km、ジュネーブから約50km南東にある山岳地帯/図右:主要道路ではない峠道、右(東)にモンブランとシャモニー】【●Google地図

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絵葉書Carte-1:La chaine du Mont-Blanc, vue prise d'une chambre du Chalet-Hotel des Rhododendrons.
:峠からMontBlancモンブランを見る・・・東の方向:】
aravis-old-card
http://www3.uakron.edu/にあるモンブランの形は、
絵葉書1の写真とほぼ同一です。
http://www3.uakron.edu/modlang/01trip/page06.html
aravis峠から見るモンブラン


2.自転車レースの絵葉書がある(Tour de France)

 絵葉書2は「Tour de Franceツールドフランス」の写真です。ここアラヴィ峠をツールがはじめて走ったのは1911年。
 1903年に始まったツールは当初1新聞社の販売PRのためのショー的な位置づけで、今のようなテレビ実況もなくその効果も徐々に薄れ、観客の熱意も冷めてしまったようです。

 そこで1910年にスペイン国境のピレネー、1911年にはイタリア国境のアルプスの山岳コースを設定したのです。そのアルプス最初の年のコースにこの峠が選ばれたのです。 さらにこの年ばかりか、以降第一次大戦、第二次大戦の中断はありましたが、ほとんどの年にこの峠を走ったようです。【●ツールドフランスの歴史(History)はこちらを参照】

 特徴も無いように思えるこの峠が、なぜ選ばれるのでしょう。1911年のコース上の峠は十分な高度があります。Allosアロス峠(2250m 20位)、Galibierガリビエ(ガリビエール)峠(2647m 5位)、Lautaretロータレー峠(2058m 37位)、Telegrapheテレグラフ峠 (1570m 63位)。 それに匹敵する魅力がこの低いAravisアラヴィ峠 (1499m 70位)にはあったのです。何度も選ばれるのは、たぶん次のような魅力がこの峠にはあるのでしょう。

 ・たくさんの観光客が来やすい場所・・・ジュネーブ、シャモニー、アヌシーから近いこと。
 ・見応えのある、体力的に困難な厳しいコース・・・つづら折コース、急な傾斜。
 ・眺めの良い場所・・・広告になりそうな、ちょっと田舎の、見晴らしのよい場所、放牧、モンブランの展望台。
1911, Tour de France a fonctionne pour la premiere fois dans le Col des Aravis. Col d'Allos(2250m), Col d'Lautaret(2058m), Col d'Galibier(2647m), Col d'Telegraphe (1570m) et le Col des Aravis(1499m) ont ete choisis.

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絵葉書Carte-2:Les coureurs du Tour de France dans les lacets de la Giettaz.
:ツールドフランスがLa Giettazのジグザグ道を通過する・・・峠の東】
aravis-old-card
●La Giettazは峠の南東にある村。そこからの登り道はジグザグのカーブが続く。

ツールドフランスツールドフランスがこの峠をはじめて通過したのは、1911年(Chamonixシャモニー → Grenobleグルノーブル)。以降1912-14年、(1915-18年:第一次大戦で中断)、1919-39年、(1940-46年:第二次大戦で中断)、1947年〜現在。のうち大部分がこの峠を走った。

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●峠付近の詳細地図
地図右下のLa Giettazのジグザグは直線距離約2km、高度差約450m。選手にとってこの勾配はまさに心臓破りの苦痛な坂、観客からはその戦いぶりがはっきり分かる、見ごたえのある場所でしょう。
南にはL'Etale山の荒れた岩山と牧歌的な風景。
東にはモンブランの山が見えるエリアです。

aravis-map
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絵葉書Carte-3:Les lacets de la Giettaz.
:La Giettazのジグザグ道・・・峠の東】
aravis-old-card

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絵葉書Carte-4:Le Rocher de l'Etale.
:L'Etaleの岩山・・・峠の南方向】
aravis-old-card


3.古い自動車が何台も写っている(vieilles voitures)

 ツールドフランスの歴史だけでは、年代特定が難しそうです。が、その写真の中にある「クラシックな車」から年代は推定できないでしょうか?車のデザインに特徴があります。

 絵葉書の車を拡大し、いろいろなWebサイトの自動車と比較すると、その角ばった形は、以降のデザインが流線型・丸みを持っていることから区別でき、1910〜1935年頃の車ではないかと推定できます。【●自動車の歴史と峠も参考に】

 その当時、車はまだ現在のように個人が持てるほど普及されておらず、大規模な会社、運輸・自動車関係、財力のある実業家などが所有できるレベルだったでしょう。それにしてもこれだけの車をこのローカルな峠に集めることのできるイベントは、ツールしかなかったと思われます。

 また、ここフランスは第一次大戦(〜1919年)で戦勝国になったとはいえ、西部戦線など国内での激戦で大きな国力消耗と、136万人もの戦死者を出しました。それらを考慮すると、戦後落ち着き、体力の付いてきた1930〜35年頃と考えるのが妥当でしょう。
La conception avec ces ligne profilee et arrondi classiques est une voiture dans environ 1910-1935. Cette photographie ayant ete prise: dans environ 1930-1935 ou la France a recupere la puissance nationale apres la guerre mondiale I.

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絵葉書Carte-5:l'heure du the eu Chalet-Hotel des Rhododendrons.
:峠のホテル・礼拝堂の周囲にたくさんの自動車・・・北東の方向】
aravis-old-card

●絵葉書2の自動車の拡大


●絵葉書5の部分拡大


(左)1912年 Benz 14/30HPベンツ(ドイツ)/(中)1920年DayMullah-type45デイムラー(イギリス)/(右)1923年Essex-coachエセックス・コーチ(アメリカ)/
ベンツ14/30HP(1912年ドイツ)  デイムラー・タイプ45(1920年・イギリス)  エセックス・コーチ(1923年アメリカ)

(左)1929年AlphaRomeo-6C1750アルファ・ロメオ・トゥーリズモ(イタリア)/(中)1932年Chevrolet-confederateシボレー・コンフェデレート・シリーズBA(アメリカ)/(右)1935年Mercedes Benz500Kメルセデス・ベンツ(ドイツ)
アルファ・ロメオ6C1750トゥーリズモ(1929年イタリア)  シボレー・コンフェデレート・シリーズBA(1932年アメリカ)  メルセデス・ベンツ・ 500K(1935年・ドイツ)


4.このホテルは今どうなっているのか(Est-il l'hotel maintenant?)

 絵葉書の「Chalet Hotel des Rhododendrons(シャレー・ホテル・ロドダンドロン:山小屋ホテルしゃくなげ」は今どうなっているのでしょうか?

 Webの画像検索などから、この峠付近の最近の写真を見つけてみました。屋根などほとんど同じ形の建物が同じ位置にあり、向かい合って建っている教会も整備され健在です。

 ところがここの地名「La Clusaz」のホテル一覧を見ても「Chalet Hotel des Rhododendrons」はありません。今あの場所にある建物の店の名前は何というのか、現在ホテルをやっているのか、当時経営していた人、ホテルはどこに移転したのかなどは、これからの課題です。

 他の峠の例から考えると、あの建物はレストランのみと思われ、店の人も近隣の村から朝夕通うのではないでしょうか。峠のホテルは、自動車の発展などで宿泊客が減り、おみやげ屋や軽食のみの経営に縮小しているところが多いのです。

 なお「Chalet Hotel des Rhododendrons」の同名のホテルは、Chamonix Mont Blancシャモニーと、La Plagne 1800(プティ・サン・ベルナール峠の南西)に現在ありました。
 →●2005.9.21 Visite l'Hotel 訪問
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絵葉書Carte-6:Paturage au des Aravis.
:アラヴィ峠の牧場・・・北東の方向】
aravis-old-card
http://www.cycling.uk.net/にある建物が絵葉書6の写真のホテルと屋根の形が一致する。
hotel


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絵葉書Carte-7:Chapells Ste-Anne et Hotel des Rhododendrons.
: ・・・Chapelle Ste-Anne聖アン礼拝堂とホテル】
aravis-old-card--Chapells Ste-Anne et Hotel des Rhododendrons.
http://jeanpba.free.fr/の最後の教会の塔の形は、絵葉書7とよく似ています。

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絵葉書Carte-8:Chalet-Hotel des Rhododendrons. le Restaurant.
:ホテルのレストラン内部】
aravis-old-card

建物の大きさや、レストラン内のテーブルセットの数などから、10室程度のシャレー(山小屋)だったのでしょう。

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絵葉書Carte-9:ホテルの紋章(Crete)】
aravis-old-card
blason-savoie
http://nds.wikipedia.org/wiki/Savoie

・サボイアと呼ばれるこの地方、赤地に白い十字のスイス国旗にも似た紋章で、この紋章付きの農産物をフランスのスーパーでは見かけます。(romeossieraさんからの情報)

・サヴォイ家Famille de la Savoie =10世紀頃から建国され繁栄したサルディーニャ王国の王家: 1861年のイタリア王国建国から1946年の共和制樹立まで4世代にわたり、イタリアに君臨した王家

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絵葉書a:各ポストカードの宛名面の「ホテル名・住所、撮影・編集者」など】
aravis-old-card

Edition speciale de M.A.Barbey.(M.A.Barbey特製)
Chalet Hotel des Rhododendrons La Clusaz
撮影、編集したMartial Girard.氏は、Rhone-Alpes、Haute-SavoieのTalloires(アヌシー湖東岸の村)の人

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以上のことから

 この9枚の絵葉書セットは、フランス、Rhone-Alpes地方ローヌ・アルプ地方のHaute-Savoieオートサヴォワ県(北側)とSavoieサヴォワ県(南側)の境にある峠、アラヴィスにあった「シャレー・ホテルしゃくなげ」が1930年頃に作成し、お客さんへの土産(または販売)にしたもの。そして「モンブラン、ツールドフランス、自動車観光ルートなど世界的に有名なこの地に来て、このシャレーでゆっくり牧歌的な宿泊を」とのパンフも兼ねた絵葉書ではと思われます。

 この70年ほど前の絵葉書を調べながら、普段あたりまえと思っている旅、自動車・電車・飛行機などを使っての長距離の移動が、その時代の庶民には難しかったことに、今更ながら気がつきました。きっと僕たちは、人類の歴史の中でも信じられないほどの急激な変化の時代に生きているのだなーと感じます。

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<追記1:Route des Grandes Alpes「フランス・アルプス縦断ルート/大アルプス・ルート」:レマン湖からアルプスを越えて地中海までの自動車観光道路ルートが1909年に制定・整備されたことを見つけました。この関連も調査しなくては・・・>
"Route des Grandes Alpes" Il a ete decrete et maintenu en 1910.

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<追記2(*:2):小野塚さんから、絵葉書入手時の状況を教えていただきました。2004.4>
・購入日:1990.12.30(日曜日)、場所:モントレイユの蚤の市(Puces de Montreuil 地下鉄9号線、土日のみ開催・・当時のメモ)
・購入金額:20フラン(1フラン当時27円)ハガキの裏には鉛筆で40Fと書 かれているので、安くしてもらったのだと思います。
・購入動機、状況:当時骨董品、アンティークを見るのに凝っていたので、蚤の市 を覗きに行きました。アラブ系の人が多く、中古の衣類をはじめ日用品がテ ントの下に並べられて販売されていました。絵葉書を購入した店は古ハガキ を主に商売していたような感じでした。畳で一畳ほどの場所にハガキを束ね て並べた箱や、一枚をゴソッと入れた箱がいくつも並べられていました。切手 が貼ってあるものが高かったり、写真であったり、美しい飾り文字で書かれ ていたり眺めているのが楽しかった記憶があります。古いハガキがこんなに 大事に売られているのがおもしろかったことが一番の購入動機です。
・もう何年も本棚に並べられたままになっていたのですが、こういう形で蘇ること ができたのは運命だったのかなと今考えています。なんとなく買っていた私は、 何年後かにxxのカルチャーでkitamuraさんとお会いすることが決まっていて、こ れを見ていただく、そう決められていたような気がしています。
Mme. Onozuka obtenu la carte postale. Jour: 1990.12.30. Endroit: Marche aux puces de Paris, Puces de Montreuil. 20 francs.

・・・kitamuraから:
 いづれあの絵葉書の情報を持って峠に行こうと思います。そして、つたない言葉であの店の経営者を喜ばせてあげようと思っています。きっとそのとき、小野塚さんが描かれた絵や挿絵なども持参して・・・
 そんなことを考えると、わくわくしませんか?こんな夢みたいなことを想像できる のも、カルチャーでお会いできたからで・・・楽しいですね。 →●2005.9.21訪問

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<追記3:Yさんから、アラヴィ峠に行かれたときの情報です。2004.4>
 アラヴィ(フランス語では最後のスは発音しないので)峠は数年前に車で通り、峠界隈を歩きました。レストランが向かい合わせに二つあって、以下のページに名前が載っています。どちらかで食事をしたのですが、思い出せません。
http://www.skiinfo.fr/destinations/listCompanies_YP.jsp?yp.categoryId=87&product.skiinfo.DESTID=EFRCLUSAZ&yp.showAll=true  >



<関連URL>
 iツールドフランスと峠の歴史【リンク8件】
 i自動車の歴史とアルプス【歴史年表とアルプスに関連する事項 +リンク17件+本7件】

 ○「RDD Traintignies」【峠の写真、峠の建物は当時の絵葉書のツールの風景、礼拝堂の写真と同じものと思われる】
 ○「HOW TO CLIMB COL DES ARAVIS FROM THE SOUTH ??」【最後の教会の塔の形は、当時の絵葉書とよく似ています。その上の建物の位置に、当時のシャレ・ホテルがあったと思われる】
 ○「Virtual Alps」【峠にある建物は、当時の絵葉書のホテルと屋根の形が一致】
 ○「UA Trip2001」【モンブランの形は絵葉書と同一】
 ○「Regions de France」【55018の写真は教会(礼拝堂)とモンブランの方向関係がわかる。55019の右にある建物がホテルの位置でしょう】
 ○「Flore Alpine 」【Aravisの秋風景】
 ○「Green Lake Story」【1920モデルの車】
 ○「Hotels La Clusaz, Haute-Savoie Rhone-Alpes」【La Clusazにある Chalet Hotel一覧】
 ○「HOTEL LES RHODODENDRONS」【シャモニーにあるRHODODENDRONS-Hotel】
 ○「ski-Holidays-in-France,La-Plagne」【Plagne 1800にあるHotel Les Rhododendrons 】
 ○「Armoiries de la famille Savoie」【サヴォワ家の紋章】
 ☆「アルファロメオのエンブレムの由来」

 B『お遍路入門』加賀山耕一著、ちくま新書

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