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Col du Noyer
【d586b.jpg:ヌヮイェ峠(1664m)。前方の建物はナポレオン遺言の避難小屋】

Col du Noyer ヌヮイェ峠(1664m)

8年前のゴンドラ事故の記事でこの峠に・・
ナポレオンの遺言で作られた小屋の一つ。【●峠のDB

フランス:Provence-Alpes-Cote d'Azurプロヴァンス・アルプ地方(05Hautes-Alpes県)】[北村 峠一].(Kitamura)      


●ゴンドラ事故が・・


 1999年7月2日の新聞記事で「ゴンドラ事故」を報道していました。事故の詳細はその時の記事Copyを見て欲しいのですが、当時持っていた30万分の1の地図で場所を探し、その東にある「Col du Noyer峠(1664m)」も確認していたのです。しかしこの峠の東側は細い未整備道路という表示だったのです。

 2002年、この峠の西側のルートを南下したのですが、周囲の険しい岩山を見て「やはりかなりのローカル道、特に東側は未舗装だろう:オフロード峠」と断念した峠だったのです。

【1999年7月2日:Pic de Bure(2709m)でのゴンドラ事故】

【Col du Noyer〜Pic de Bure〜Freissinouseの位置関係:By Google-Earth】


 その後の調査で、「かつてツールドフランスが走ったことがある(1970/1971/1982年)峠」とか、「ナポレオンの遺言の避難小屋がある峠」などの情報を入手。さらにミシュランの地図では、東側の峠道もかなり整備されているらしいことから、1500m以上の目標峠として今回の旅のルートに入れたのです。

 Corpsからの峠への分岐点には大きな看板があり、迷うことなく登り始めます。

Col du Noyer
【d584.jpg:Noyer峠への道:前方Bec de l'Aigle(2384m)】

Col du Noyer
【v721.jpg:Noyer峠への道は険しく狭い、落石も多く道路整備も大変】
 前方の「もろそうで険しそうな岩山のわりに、道の整備もいいなー」と思っていた区間は直ぐ終わり、狭い山道に入ってきました。そして松ボックリや小石などを掃除する清掃車が見え、その作業の人たちの中になんと小学生ほどの子供がほうきを持って手伝いをしていました。

 平日の日中、学校もある時間ですからお父さんの手伝いもおかしいし、学校からの指示でボランティア(家の手伝い)などをしているのでしょうか。「頑張っているね」と思いながら、さらに狭く急になって、小石の落石がたくさん落ちている峠道を登って行きます。

●Col du Noyer ヌヮイェ峠・・ナポレオンの避難小屋


 急なカーブを抜けて直ぐ、前方に建物が見えCol du Noyer ヌヮイェ峠(1664m)に到着です。【●峠のDB

 建物の脇で作業をしていたおじさんに、
「これがナポレオンの小屋ですか」と聞くと、そうだと脇の看板を指差してくれます。

 Refuge Napoleon・・ナポレオンの避難小屋
 Legs de NapoleonT,NapoleonV Empereur・・ナポレオン1世、3世皇帝からのLegs寄贈

Col du Noyer
【d591.jpg:Col du Noyer ヌヮイェ峠(1664m)。この建物はナポレオン遺言の避難小屋】

Col du Noyer
【d587.jpg:Col du Noyer ヌヮイェ峠の東側:Bec de l'Aigle(2384mの険しい岩山】


【ナポレオンの避難小屋が構築された峠】
 ナポレオン1世が1815年、ワーテルローの戦いで敗北しセントヘレナ島に流刑となり1821年その島で死去する間に、彼の遺言が書かれ、
 ナポレオン3世の時代1854年に、Manse峠(1268m)、Lautaret峠(2058m)、Izoard峠(2360m)、Vars峠(2111m)、Noyer峠(1664m)、Agnel峠(2744m)、Croix峠(1179m)の各峠に避難小屋が贈呈・構築されたのです。

 この複数の峠の位置を見ると、ニース〜グルノーブル間の山岳エリアを通過するためのルート。道路整備に力を入れたナポレオンとしては、この峠ルートの重要性を認識していたのでしょう。また1815年のエルバ島からの帰還時に、歓呼で出迎えた地元民への感謝とも思えます。

Col du Noyer
【v736.jpg:Col du Noyer ヌヮイェ峠の「ナポレオンの避難小屋」。遺言で作られた】

ヨーロッパアルプスのハイキング地図
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】
  【国別地図】  【日本語ガイド本】
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 峠の西側は比較的広い道が整備されています。そして西に見える雪を抱いた山には少しだけ見覚えも出てきました。2002年に走ったルートです。そしてこの南側に、最初に書いた「1999年7月2日のゴンドラ事故」のあったPic de Burgeの山が見えてくるのです。

Col du Noyer
【h565.jpg:Col du Noyer ヌヮイェ峠を西へ】

●2002年に走った道・・宿がない・・


 この付近で宿を見つけようと思っていたのですが、St.Etienne-en-Devoluは小さな集落、宿らしい建物は見つかりません。
 若干疲れてきて、目も雪目気味にしょぼしょぼしてきました。かつて(2002年に)走った道に合流し、南に向かうのですが、宿があるような村はなく、荒れた平原と砂道が続くだけ。

Col du Noyer
【h569.jpg:D171からD937の比較的広い道に合流。360度北〜東風景】

Col du Noyer
【h574.jpg:西〜南側の山並み。Pic de Bure(2709m)。この鉄の十字架の場所で2002年にも撮影した】

Col du Noyer Col du Noyer
【h577.jpg:合流点標識】 【h578.jpg:Festre峠】

 Col des Rioupes リオウプス峠(1429m)は合流点の場所でしょう。【●峠のDBへ
 しばらく下ったところにある、小屋の壁面に峠の看板があるFestreフェストレ峠(1441m)も、5年前と相変わらずの人ッ気のない峠です。【●峠のDBへ

 並行して流れる川も、かなり荒れたらしい大水で流されてきたような岩がゴロゴロ転がっています。もう今日は走行距離が200kmをかなり越え、峠も5つも通過したので本当に疲れています。宿はまだ見つからないのです。


<関連サイト>

 ○http://www.grenoblecycling.com/【Col du Noyer ヌヮイェ峠(1664m)の写真】
 ○http://www.hautes-alpes.net【Col du Noyer】
 ☆http://www.cyclozone.com/【l’Alpigapの写真】
 ○http://fr.wikipedia.org/【Pic_de_Bure山紹介】

<フランス・ワイン>

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<関連HOTELなど>

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