【1d82.jpg:S.Roccaサン・ロッコ小教会
内部の壁画・祭壇は修復中だが、すばらしい装飾】
Collioコッリオ -2
困ったときの神頼み・・
バーから二人の男たちが、レストランにいる僕たちのほうに入ってきて・・
【
ロンバルディア州ブレシア県
】 [北村 峠一].(Kitamura)
事前偵察に行ったマニヴァ峠の先が道路閉鎖なのを知り、すっかりしょげてコッリオの村に帰ってきたのです。当初計画していた、この先4つほどある目標峠(1500m以上)に行けないとすると、一日分の道をまるまる戻り、かつ迂回しなければならず一日以上のロスになるのです。予定通り2泊した後、谷を戻り大きく迂回してBrenoブレーノに行くか? 1泊キャンセルの交渉をまたも苦労してするか? 悩みます。
でもまだ4時、夕食は8時からと遅いので村の散策に出かけますが、足は自然に村の高台にある教会に向かうのです。
「困ったときの神頼み」 何とか解決策を見つけたい時、いつのまにか行くことになるのです。
西の高台にある、S.Roccaサン・ロッコ教会(14世紀の後期ロマネスク様式)は修復中でしたが、壁画のある内部で願いを。さらに、東の高台にあるSantuario-Madonna-di-Tizioティツィオ礼拝堂にも登って・・
【1d84.jpg:西の高台にある、14世紀のS.Roccaサン・ロッコ小教会(後期ロマネスク様式)は修復中だった】
【1d88.jpg:東の高台は、Santuario-Madonna-di-Tizio礼拝堂】
−−−
さらに悩みながらも村の中の散歩、部屋に戻り迂回のルートをマップで検討したり、風呂にも入ってやっと8時の夕食時間になります。
この宿のレストランにメニューの紙はありません。マダムとの会話も当然通じず、イタリア単語を何度も英語で聞き返して、やっとスパゲティ、ペンネ、チキン、サラダ、ジェラートなどを決めたのですが、マダムの白い顔から「フー」と大きなため息が漏れました。大変な客を泊めることになったものだという顔でした。
【Collio-P.Maniva
-CroceDominii-Brenoの地図】
その食事がほぼ終わりかけた頃、バーに通じるドアから二人の男がレストランに入ってきて、英語で話しかけてきました。一人目の60歳ほどの人は中国へ行ったことがあると、二人目の40歳台の人は、なんと
富士市のロボットの会社、FANUC
へ10回以上行ったことがあると。
【d75.jpg:SS345は閉鎖中の表示】
しばらく雑談の後、「Help-You?」という言葉が彼の口から出てきます。私の顔に心配が書いてあったのかもしれません。早速マニヴァ峠の先の道路閉鎖のことを、デジカメの写真を見せながら話します。
ところが彼は、「南東の道は雪崩で通行できないが、北のCroce-Dominiクロチェ・ドミニ峠への山岳道路なら大丈夫。VW-Poloフォルクスワーゲン・ポロなら何の心配も無い。さらに道は細いが東のBagolinoバゴリーノへ下る道もあるよ」 と地図を描きながら説明してくれます。
「山岳道路は眺めが良くて、すごくいいところだ。是非そこを走るべきだ。20kmほどでクロチェ・ドミニ峠、最後の10kmほどが未舗装だがゆっくり走れば問題ない」
まるで神さまの声のような情報でした。貰った名刺の Ugo Lazzari さんは
Euromachine
の方で、帰国後Webで検索すると、
オフロード走行の同好会
をされている方のようでした。本当にありがとうございました。
変わった日本人夫婦が2泊もして、ちょっと悩んでいるような雰囲気を見て、宿のマダムが呼んでくれたのかもしれません。田舎の人たちの親切は、本当にうれしいものです。そして、コッリオ村の教会での祈りがかなったのです。
【1d80.jpg:村の中心の教会を東の高台から】
【2d94.jpg:宿のレストラン内部。正面のガラス戸の向こうがバー】
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翌日、さわやかな気持ちで、東にあるS.Colombanoサン・コロンバーノの集落へ山越えのハイキングを楽しみ、次の峠越えに備えゆっくりと村で休養します。
【CollioからColombano集落までの散策ルート】
< いい休息日になりました ・・・>
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