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NHK BSプレミアム:ザ・プロファイラー「ローマをぶっ壊せ!ハンニバル将軍」に、トラベルセッテ峠の写真掲載( 2021.3.11(木)21:00〜60分、再放送3.16(火)23:45〜)


【放映日】2021.3.11(木)21:00〜60分、再放送2021.3.16(火)23:45〜


というトーク番組に、●トラベルセッテ峠頂上の写真、●イタリア側の峠直下の雪景色の写真 が掲載されました。

「トラヴェルセッテ峠 トレッキング・ガイド」も参考に。









2007.6.14紀行

峠DB(nobusa(相川)さん情報提供)















【依頼mail】2021/02/07
Subject: NHK BSプレミアム「ザ・プロファイラー」のS.と申します。
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北村峠一 様 さち絵様

初めてご連絡させていただきます。
NHK BSプレミアム「ザ・プロファイラー」という歴史番組を制作しております。
(株)クリエイティブネクサスのS.と申します。

今回は、アルプス・トラヴェルセッテ峠の風景のお写真をお借り出来ればと存じまして、ご連絡いたしました。

北村様のブログを拝見させて頂きまして、大変素敵なお写真が多数記載されておりましたので、
トラヴェルセッテ峠のお写真をお持ちでしたら、是非お貸し頂けますと幸いです。

現在、当番組では、アルプスを越えてローマに迫ったカルタゴの将軍ハンニバルをテーマに、制作を進めております。
そして、ハンニバルがトラベルセッテ峠を通過したのではないかという情報と共に、写真にてこの事柄を紹介出来ないかと考えております。

もし可能でしたら、トラベルセッテ峠のお写真をお貸し頂き、番組の方で使用させて頂けますと幸いです。

企画書を添付いたしますので、ご確認頂けますと幸いです。

お手数おかけしてしまい大変恐縮ですが、
ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。

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S.
株式会社クリエイティブネクサス
〒106-0032 東京都港区六本木3-4-23
TEL:03-xxxx-xxxx
FAX:03-xxxx-xxxx
mobile:080-xxxx-xxxx
mail:sxx@cr-nexus.co.jp
------------------------------------------------------
⇒
クリエイティブネクサスのS.さん、はじめまして北村です。
企画書読みました、嬉しいお話です。是非写真お使いください。

で、トラヴェルセッテ峠への私自身の挑戦はフランス側3回、イタリア側2回なのですが、私の旅が6月のため残雪が多く峠頂上には到達していません。
http://www.eu-alps.com/i-site/cols/data/n0005.htm
でもnobusaさん(私のHP読者の方)が、2019.9.15にトラベルセッテ峠を横断された情報・写真を投稿いただきました。ご本人に確認のところ、写真提供を了解いただけるとのことです。

> ハンニバルがトラベルセッテ峠を通過したのではないかという情報と共に、写真にてこの事柄を紹介出来ないか・・峠のお写真をお貸し頂き、番組の方で使用・・

具体的にどのように提供したらよろしいでしょうか。
例えば・・フランス側、峠頂上付近、イタリア側の写真(縮小していないもの)で、特徴的な写真を各数枚・・
簡単な解説を付けて、私のHP上のページにUPし、そのURLをお伝えする・・など が考えられますが。
⇒ギガファイル便(https://gigafile.nu)の方で送付

nobusaさんとの連絡も私がさせていただこうと思っています。
連絡をお待ちします。
北村 峠一

⇒
画像と説明文の準備が出来たので送ります。
添付画像の情報説明は以下です。

説明は、
「Col de la Traversette -Trekking Guideトラヴェルセッテ峠 トレッキング・ガイド」
http://www.eu-alps.com/i-site/cols/data/n0005-trekking-guide.htm
 の Google-Maps:Traversette峠 登山ガイド地図 で場所を表しています。
・説明文=場所、BC218年の想定日付、行軍状況、軍の規模、 (撮影日付 撮影者=北村、 相川)です。


●10-2019622e0414.jpg
 Queyrasケーラス渓谷(Guilギル川):
 ・紀元前218年10月17日頃(アルプスの登り道から7日目)、約10kmのこの渓谷通過中に、地元の部族の大岩による大襲撃を受けた場所。ハンニバル軍の歩兵3.5万人、騎兵7.6千騎、象26頭のうち、歩兵6千、騎兵7百、象6頭もの今までにない損害を出したと想定される。(2019/06/22 北村撮影)


●20-219623e0470.jpg
 Petit-Belvedere小見晴台(1900m):
 ・BC218年10月18〜20日(8〜10日目)、襲撃後の軍の再集結・編成・休養、この先の偵察・峠道切り開きのためこの地に留まる。Mt.Visoモンビソ山(3841m)のアルプスを越えれば、イタリアに抜ける最短ルートと判断しただろう。軍の規模は、歩兵2.9万人、騎兵6.9千騎、象20頭。(2019/06/23 北村撮影)


●22-2019623e0480.jpg
 Grand-Belvedere du Viso大見晴台(2133m):
 ・同上(2019/06/23 北村撮影)


●24-2019623e0491.jpg
 途中、放牧の羊:
 ・同上(2019/06/23 北村撮影)


●26-2019623e0510.jpg
 峠とViso小屋の分岐点付近(2437m)、左(西)の谷を登ってきた。右の人物の真上が峠方面(東)。:
・数万人の軍が集積できる広大な台地は、他の候補峠にはない。2016年北アイルランドのクイーンズ大学の研究チームが、大量の軍馬の糞と思われる堆積物(ハンニバルが侵攻した時期に生きていた微生物を確認)と男性の腸内細菌叢を発見、ハンニバル軍が通過した裏付けと結論付けた。:軍の規模同上(2019/06/23 北村撮影)


●27-2019623e0507.jpg
 峠方面と、右に見えるViso小屋の分岐点付近(2437m):峠方面(東)と右(西)登ってきた谷。:
 ・同上(2019/06/23 北村撮影)


●30-2019623e0544.jpg
 Viso小屋(2460m)とモンビソ山。:
 ・同上(2019/06/23 北村撮影)


●32-2019623e0515.jpg
 分岐点(2437m)から峠を見る・・右の山影で峠は隠れている。:
 ・同上(2019/06/23 北村撮影)


●50-20190915a5142.jpg
 峠に向かう途中の道(頂上まで半分ぐらい):
 ・BC218年10月21〜22日、全部隊の部隊長・指揮官の元、歩兵2.9万人、騎兵6.9千騎、象20頭が峠に向かう。(2019/09/14 相川撮影)


●52-20190915a5174.jpg
 峠の頂上まであと20分程度の道。:
 ・同上。<参考>この左の岩に中世(1480年)、ロバでの交易用トンネルが掘られた(アルプスで最初に開通したトンネル)。(2019/09/15 相川撮影)


●54-20190915a5181.jpg
 峠の頂上まであと数分の道。:
 ・同上(2019/09/15 相川撮影)


●60-20190915a5186.jpg
 Col de la Traversetteトラヴェルセッテ峠 (2950m)頂上、フランス側から登りイタリアを見下ろした場所。: ・紀元前218年10月21日早朝:ハンニバルは峠に全部隊の部隊長・指揮官を召集し、大声で演説。「ローマを守っていたアルプスをすでに制覇した。この先のすべては、我らカルタゴ軍のものだ」と。軍の規模、歩兵2.9万人、騎兵6.9千騎、象20頭。(2019/09/15 相川撮影)


●62-20190915a5187.jpg
 頂上からViso山を見た画像。:
 ・同上(2019/09/15 相川撮影)


●64-20190915a5207.jpg
 峠の頂上、頂上の標識。:
 ・同上(2019/09/15 相川撮影)


●70-2007614d908n5.jpg
 左上にある峠を見上げる。第二次大戦時のイタリア軍の兵砦舎がある(2760m):
 ・紀元前218年10月21〜23日(アルプスの登り道から11-12日目)。当時はかなり雪が多かったであろう。雪・吹雪・寒さ・飢え・・兵の滑落、地すべり・荷役動物の滑落⇒多くの兵・動物が体力的・精神的にパニック・脱落し、怪我・凍死者発生(2007/06/14 北村撮影)


●72-2007614d909n5.jpg
 同じ場所から下の谷を見下ろす。:
 ・同上。当時はかなり雪が多かったであろう。工兵は新たな道の建設をする。少しずつ軍は動き、ゆっくりした行軍の下山・・・吹雪でさらに冷える。(2007/06/14 北村撮影)

●74-2007614d888.jpg
 谷を下る。:
 ・同上。当時はかなり雪が多かったであろう。(2007/06/14 北村撮影)


●80-2019626e0818.jpg
 左上、峠から雪の線に沿ってジグザグに下る。:
 ・同上。当時はかなり雪が多かったであろう。(2019/06/26 北村撮影)


●84-2007615d059.jpg
 Pian del Reピアン・デル・レ(王の平地)(2020m)から峠を見る。:
 ・紀元前218年10月23〜24日:急な岩場は通過し、ポー川に沿った隘路をイタリアの平野に向けて下る。(2019/06/26 北村撮影)


●86-2007615d073.jpg
 Pian del Reピアン・デル・レ(2020m)からViso山を見る。:
 ・同上。(2007/06/15 北村撮影)


●88-2019626e0815.jpg
 Pian del Reピアン・デル・レ(2020m)がQui nasce il Po(ポー側の源流)。この川に沿って下ればイタリア・トリノ方面。:
 ・同上。(2019/06/26 北村撮影)


●90-2019627e0953.jpg
 Ostanaオスターナの北の丘La draio de Peiro Groso(1840m)から見るMt.Visoとその右トラベルセッテ峠。:
 ・紀元前218年10月25〜26日(アルプスの登り道から15日目)。全ての兵・騎馬・象がイタリアの平野に到着。 トラベルセッテ峠の下りで、9千の歩兵、9百の騎兵、3頭の象を失った。
 ・出発から5カ月で1万8千の歩兵(3.8万→2万)、2千の騎兵(8千→6千)、20-22頭の象(37-39→17頭)を失った。
 ・晴れていれば、トリノ付近からもこのモンビソの山並みが見え、ハンニバルもアルプス=モンビソと伝え聞き、そこの通過を目指していたのではないか。(2019/06/27 北村撮影)


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