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【Flueli-Ranftフリュエリ・ランフトのFlueli教会とNikolaus聖ニコラウス像】

Flueli-Ranftフリュエリ・ランフト

BruderKlausニコラ兄貴・・Nikolaus von Flue聖ニコラウス・フォン・フリューエの巡礼地

スイス: オプヴァルテン州(OW)】 [北村 峠一].(Kitamura)      

●Flueli-Ranftフリュエリ・ランフトへの道


2017/6/8(木)、Melchtalメルヒ谷・タンネン湖から宿への戻りルートは、来た時と違うルートで帰ろうと・・
ミシュランガイドで知った「フリュエリ村」の「ニコラス神父」場所経由で帰ることにします。

格安の海外SIMとスマホで、道案内のGoogle-Map利用で・・行き先を設定すると・・ 「何?、こんな狭い、屋根のある木の橋を渡るの?」

・・でもたしかガイドブックに「木の屋根付きの橋」のことが書いてあったはず・・と少し迷いながらもスマホのガイドに従って渡ります。
Google-Mapのカーナビ機能は、常に最短距離の道を案内してくれるのです。


【メルヒ川を渡る、屋根のある木の橋・・狭い!】


【MelchtalのGedeckte-Bruckeでメルヒ川を渡り、林の中を走る】

ところがすごい道!! 林の中、すれ違い出来ないほどの狭い道、それも結構いつまでも続く・・
対向車が来たらどうする? 
ヒヤヒヤしながらも・・途中では農作業している車を見ただけで・・4〜5km・・

牧草をかき混ぜる、幅広の農耕機が来るのが見えます。数100mバックしないとダメか、苦手なバック!! とあきらめたのです。
でも運よく、その車は脇の畑の方に曲がってくれて、すぐに村の比較的広い道に出たのです。

「ミシュランさん、こんな橋と林道はガイドブックに紹介して欲しくないなー・・」とつぶやきます。

こんな田舎の村なのに、立派なホテルが見えます。さらに観光バスや、たくさんのツアー客は信者でしょうか、有名な巡礼地なのです。


【田舎の村なのに、立派なホテルが】

●Nikolaus von Flue聖ニコラウス・フォン・フリューエ(1417-1487)


bruder-klaus
【Nikolaus von Flue】

●Nikolaus von Flue聖ニコラウス・フォン・フリューエ(1417-1487)

・愛称:BruderKlausニコラ兄貴

・50歳を越えてから祈祷と瞑想の苦行者の生活に入った。
・彼は15世紀のヨーロッパの国家元首の指導者としても、牧師(隠者)で精神的なアドバイザーとしても広く知られていた。

・1477-81年、スイス8州の「ウリ、シュヴィーズ、ウンターヴァルデン、グラウス、ツーク」の山岳農村の州と、「ルツェルン、チューリヒ、ベルン」の都市の州間で、新たな州の追加同盟に関して紛争・対立が起きた。

その時シュタンスの司祭が隠者ニコラウスに相談。彼は和解の重要性を説いて回り、フリブール州とゾロトゥルンの2州を連邦に含める新たな条約に結び着けた。

・スイスの守護聖人(1947年聖別)  歴史

https://de.wikipedia.org/wiki/【Niklaus von Flue】
http://www.helmut-zenz.de/hzflue.htm【クラウス・フォン・デル・フルエの伝記など】

1291-1481-swiss10canton 【スイス元3州(1291年)、8州(1353年)、10州(1481年)】

【Kaplanei Flueli内部】


【生家と丘の上にあるFlueli教会】

Flueli教会、神父の生家、神父の実家などに立ち寄って・・


【Flueli-Ranftフリュエリ・ランフトの村を帰路振り返る】

帰路、ミシュランガイドに書いてあった「屋根のある木の橋」らしい橋を通過。
「確かにこの橋ならガイドブックで紹介しても問題なさそう・・」と納得。

渓流から100mもの高さを渡る、1943年にスイス工兵隊が建設した橋だという。


【Kernsに行く途中のメルヒ川にかかるHohe-Bruche橋:屋根のある木の橋】


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