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1996年チェコの思い出深いのビザ
【1996年チェコの思い出深いビザ:プラハ空港入国6/15、ブジェツラフ列車出国6/17】

チェコの国境にて

 二十歳頃の回想を書くのは、まだ照れくさいのですが。
 1989年まで44年間の国境閉鎖は・・

チェコ:モラビア地方】 [北村 峠一].(Kitamura)      


●まだ まだ早い?・・思い出話・・


 1965年(昭和40年)、入試の英語で「PRAGUE」の街についての問題が出たのです。どこの町か確証が取れないまま、無数に建つ教会の塔、早春の若葉の萌え出すシーンなどについて答案用紙に書いたのです。帰宅途中本屋に立ち寄りそこが「プラハ」だと確認し、自己採点に自信を持った思い出。海外旅行など考えてもいなかった時代、なぜかチェコスロバキアには行ってみたいと思ったのでした。

 その3年後に見た、ソ連戦車がプラハの大通りを占拠している「プラハの春」弾圧の新聞写真は、平和な日本の日常との差を強く感じたものでした。

 さらに5年後の1973年、初めてのヨーロッパの旅は西側の国だけでしたが、間近に見たNATO軍の移動風景などを見るにつけ、当分チェコスロバキアなど東の国に入るのは出来ないことと感じていました。

 ところが1989年(平成元年)11月9日の「ベルリンの壁崩壊」を代表とする、東側共産党政権の否定・冷戦終結は、私にとってのチェコへの距離を身近にし、1996年6月のプラハへの旅が実現したのでした。

 そして10年がたった今、2006年6月12日、私は列車で出国した地BRECLAVブジェツラフの西20kmほど、Mikulovミクロフ国境検問所の直前でチェコに入ろうとしているのです。




【Breclav、Mikulov付近の国境の航空写真
:クリックでGoogle-Mapへ。平坦な農地の中を、複雑な形に分けられた国境】
チェコ入国
【2127.jpg:Mikulovミクロフの国境検問所】

 周囲はドナウ川の作った肥沃でゆったりした丘陵、麦や牧草、ブドウ畑が平和そうに続いていて、1989年まであったという鉄条網や、銃を持った軍隊の警備しらしきものはまるで見えません。

 かつて見た返還前の沖縄の基地周辺、朝鮮・板門店の国境などのバリケードは今どうなっているのでしょう。早くこんな風に変わって欲しいものです。

●国境の風景

アウシャビツの鉄条網 鉄条網 オーストリー:ドイツ国境標識は、石柱と境界線の伐採のみ
【左2枚:アウシェビッツの鉄条網など:Polandのサイトなどから】  【右2枚:オーストリー:ドイツ国境標識は、石柱と境界線の伐採のみ】


チェコ入国
【2122.jpg:国境の360度。検問所が見える。その先がチェコ】

チェコ入国
【2126.jpg:右手もチェコ国境まで麦畑やブドウ畑がのどかに続く】

●この周辺の国境の歴史:
(チェコ=CZ、スロバキア=SK、オーストリー=AT)


BC2C−AD5C:古代ローマ帝国時代、ドナウ川を境にし、北側はゲルマニア、ケルト民族。
5C−:フン族の侵入、ゲルマン民族移動などで、北側にスラブ系の諸族が住む。
10C-:神聖ローマ帝国が南北一帯を支配。東はハンガリー王国。順次ハプスブルク帝国が両者を支配
1914-:第一次大戦でドイツの支配に
1918-:敗戦で南がAT、北はCZ・SKとして独立
1939-:第二次大戦でドイツの支配に。
1945-:敗戦でCZ・SK再度独立、ソ連配下の共産主義諸国に
1959-:CZ・SK:農業の集団化計画等共産化が進む
1963-:CZ・SK:西側観光客に国境開放
1967-:「プラハの春」民主化運動・デモ
1968.8.20:ワルシャワ軍が国境を越えCZ・SKに侵入。プラハ制圧
1969.1.19:プラハでヤン・パラフが抗議の焼身自殺
1970-:東欧各国:外国人の入国規制緩和
1986-:東欧各国:インフレ140-215%。対外債務過大に
1989.1.15:CZ・SK:民主化デモ・・バツラウ・ハベル逮捕
1989.5.3-:ハンガリ:AT国境の鉄条網撤去
1989.6.4:<関連事項>中国:天安門事件:学生の民主化デモ弾圧(死者319〜数千人説)
1989.9.10:ハンガリ:AT国境を開放・・東独民間人が大量に越境・亡命し西独へ
1989.11.9:ドイツ:ベルリンの壁崩壊(1961から28年間)
1989.12.10-28:CZ・SK:AT国境の「鉄のカーテン」撤去。バツラウ・ハベル大統領に選出
1993.1.1:CZチェコとSKスロバキア分離独立
2004.5:CZ、SKともEU加盟

●国境審査、検問・・


 最初の旅行、パリから夜行国際列車でスイスに抜けた早朝、眠い目に車中でのパスポートチェック・入国申請書が読めず、車掌に手伝ってもらって記入。国境通過税の3フラン(約300円)の小銭がなく困っていたところに、隣のコンパートメントの人が代わりに支払ってくれ、感謝と同時に一時はどうなることかと。そんな緊張感が国境通過にはあったのです。

official emblem
【The official emblem of the Czech Republic 】
 前回のチェコ入国には、事前ビザ申請が必要でした。当時のパスポートに押されている査証は、チェコ紋章と全体を囲む枠、2色のカラフルなスタンプなど、なかなか良いデザインでしたが、この取得には2人分17,400円もの高額を支払っていたのです。

 鉄道での出国スタンプは6月17日、BRECLAVブジェツラフ。電車内に軍人と制服の審査官が乗り込んできてパスポート、ビザの確認・記入など、事務的とはいえ若干緊張したものです。

 EU加盟国間の国境審査がなくなり、スイス国境の検問も徐々に簡略化されてきています。久しぶりに緊張したのが、2003年のスロベニアへの入国時。主要道路以外から、変な東洋人夫婦が入国するというので、相手も身構えたのかもしれませんが、トランク、手荷物のすべての衣類、カメラ、1ヶ月の生活用品などの一つ一つをチェックされ、審査官がパスポートとレンタカーの書類を持って事務所に行った時は、さてどうなることかと心配したものでした。


【Mikulovでの入国スタンプ(2006.6.12】

●チェコ国境:Mikulovミクロフ


 そのスロベニアのEU加盟と、今から入ろうとしているチェコの加盟が同じ時期だったこともあり、事前に荷を整理したり、ガソリンを満タンにしたり。この国境検問所手前のトイレに、わざわざ車を停めて立寄るなどの気持ちの引き締め方。ところが拍子抜けしたことに、「何日間の旅行?」「1週間」の会話だけ。その若い審査官が、切り替えたばかりのまっさらなパスポートに押した入国スタンプの場所は、一番最後の50ページ目。もしかするとこれはジョークなのでしょうか。

 かつての国境でのもう一つの注意事項に、現地通貨にチェンジすることがありました。ところが東側の国の人たちはユーロでの支払いを希望するのです。そんなことも影響し国境の両替所は廃業、残った小銭を使い切る目的で立寄っていたお土産屋さえもなくなってしまうのは、若干寂しい気もします。

チェコ入国
【2137.jpg:Mikulovの街が遠方に見える】

チェコ入国 チェコ入国
【2139.jpg:農家が続く】 【2152.jpg:古ぼけたディーゼル列車が行く】

 一歩チェコに入っての印象は、やはり冷戦による国境閉鎖44年間の経済力の差。平屋・長屋の農家、狭いつぎはぎだらけの舗装道路、古ぼけたディーゼル列車、朽ち果てたような無人駅、雑草の茂るプラットホーム、かなり使い古して黒煙を上げるトラックなど。

 民主化の解放後まだ17年しかたっていないこの国、国境付近。ブドウ畑・野菜畑などはオーストリー側に比べ緑が濃く、安い農産物の輸出は盛んなのでしょう。が、まだまだ魅力ある観光国としての整備は遅れていると感じたのです。

チェコ入国  Valticeの紋章
【2155.jpg:Valticeの町の入口】 【町の紋章】


<関連するサイト>

 ☆ベルリンの壁【ベルリンの壁・写真館】
 ○http://www.diggerhistory.info/【鉄条網関連の写真:第一次・二次大戦The Devil's Rope】
 ○http://members.aol.com/penheligan/【国境の鉄条網のあるチェコ:オーストリーの旅行記】
 ☆なぜ査証が必要なのか/査証の性格【外務省】
 ☆査証の事例写真【ビジネス/滞在/シール式観光査証】
 ☆戦後モスクワ一番乗りを果たした記者・坂田二郎
   【ロンドン、ロシアへの査証写真
チェコウェブリング

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