[オーストリア]
[イタリア]
[峠情報]
【www.pbs.orgより】
【bclist.club.frより】
【発見場所周辺地図】
アイスマンIceman /
エッツィOtzi/Mummia del Similaun/エッツ谷のミイラOtztal-mummy
(オーストリア/イタリア) について
●1991.9.19アルプス山中(標高3210m地点)で冷凍ミイラが発見された。
●およそ46歳で死亡し、身長は1m60cm、体重は40kgと推定。
以下に関連する情報を集めている。
●彼の遺体は現在、イタリア・アルトアディジェ州ボルツァーノ市の「南チロル考古学博物館Museo Archeologico dell'Alto Adige」に所蔵されている。
●近隣の峠DB:
テンメースヨッホ峠
ブレンナー峠
[2007年情報]
☆5千年前のアイスマン死因は「矢じりから受けた肩の動脈の傷による失血」(Swiss Info 2007/06/16 )
http://www.swissinfo.org/
スイスとイタリアの共同チームの研究によって、氷河に眠っていた世界最古のミイラ、アイスマンこと「オッツィー」の死因が解明され、5300年前から眠る謎が解決した。
チューリヒ大学の解剖学者フランク・リューリ教授は、様々な角度からエックス線を当てるコンピュータの断層撮影、CT技術を使い、矢じりから受けた肩の動脈の傷による失血がオッツィーの死因だったと証明した。
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[2006年情報]
☆アイスマンの呪い? 伊の凍結ミイラ、関係者7人死亡 (Asahi.Com 2006年01月12日 他情報も加筆)
http://www.asahi.com/international/update/0112/003.html
イタリア北部のアルプスで発見された約5300年前の凍結ミイラに関係した7人が次々と死亡し、「アイスマンの呪いではないか」などと伊メディアが報じている。この男性ミイラは伊北部ボルツァーノの考古学博物館で公開されているが、宗教関係者らからは「発見場所へ戻し、手厚く葬った方がいい」との声も出ているという。
ミイラは1991年9月、イタリアとオーストリアの国境にあるアルプスの氷河で見つかった。冷凍されたミイラとしては世界最古という。弓矢に当たって死んだとみられており、「他の狩猟者に撃たれた」「戦死した」などの説がある。保存状態が良く、世界中の学者らの関心を集めた。「エッツィ」と名付けられたが、「アイスマン」と呼ばれることが多い。 ANSA通信などによると、
・1人目:最初に亡くなったのは、オーストリア人法医学者のGuenter Hennライナー・ヘンさん(当時64歳)。発見した時に素手でミイラを遺体の保存袋へ入れた人物で、1993年に交通事故にあった。
・2人目:ヘンさんを現場へ案内し、遺体のヘリでの搬送を担っていた登山家のKurt Fritzクート・フリッツさん(当時52歳)も1993年同じころ、雪崩に巻き込まれて亡くなった。不思議なことに一緒に雪崩に巻き込まれた数人の登山家仲間で亡くなったのは、フリッツさんだけという。
・3人目:発掘・遺体修復作業を撮影したオーストリア人のカメラマンRainer Hoelzlさん(当時47歳)で、2004年8月に脳腫瘍(しゅよう)で死亡した。
・4人目:その2カ月後2004年10月には、最初の発見者(妻と2人で登山に来て偶然アイスマンを発見した)の登山家Helmut Simonヘルムート・ジーモンさん(当時67歳)がオーストリア山中で遺体で見つかった。滑落死とみられる。
・5人目:発掘チーム長だったドイツ人男性Dieter Warneckeディエター・ワルネッケさん(当時45歳)は、ジーモンさんの葬儀に参列した2004年10月の数時間後に心臓発作で亡くなったという。
・6人目:2005年4月、多発性硬化症の合併症で亡くなったオーストリア人考古学者Konrad Spindlerコンラッド・スピンドラーさん(当時55歳・・66歳で死亡)。インスブルック大のアイスマン研究室長だった。
・7人目:同2005年10月にはオーストラリアの学者Tom Loyトム・ロイさん(当時63歳)が、自宅で遺体で見つかった。遺伝性の血液病が死因とみられるが、アイスマンのDNAに関する本の出版を間近に控えていたため、メディアは「呪い?」などと一斉に書き立てた。 2003年、彼はアイスマンの衣服から4つの異なる人間の血痕を発見した。
ミイラがある博物館は、温度や湿度が氷河と同様に保たれ、来館者は小窓からのぞく形で見ることができる。
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[2005年情報]
☆エッツィ発掘関係者が相次いで死亡 (2005.4.18:オーストリア通信:文化ニュース)
http://www.cute.cd/easy/culture.html
1991年にアルプスで発見された約5000年前の石器時代のミイラ「エッツィ」の研究で知られる考古学者コンラード・シュピンドラー氏が17日にインスブルックで病死した。
これでエッツィ発掘関係者の死亡は6人目、「エッツィの呪い」の噂が広まっている。これまで死亡したのは、エッツィ解剖医のライーナー・ヘン氏(交通事故死)、エッツィ発見者のヘルムート・スィモン氏(遭難死)、スィモン氏の捜索をした救助人(心臓発作)、エッツィ発見場所までの案内人ラインホルト・メスナー氏(雪崩で死亡・・★誰?:
例のメスナー
は生存しているので、誤報だろう)、エッツィを追ったORF所属ジャーナリストのライナー・ヘルツル氏(腫瘍が原因で死亡)である。
シュピンドラー氏は昨年10月の新聞インタビューで5人の死亡につき質問された際、「次は私でしょうか?」と冗談で回答していた。
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[2004年]
TV:フジテレビ:2004.2.5:19:57:奇跡体験!アンビリバボー: 「人類最古の殺人事件犠牲者“アイスマン”の謎」: 「雪山で発見5300年前の遺体!!最新科学が暴く犯人と動機
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[2003年情報]
「アイスマンの生活圏判明」
発見場所から約60km南に離れた場所で、人生の大部分を過ごしたと分析・推定された。(2003.10.30:毎日新聞)
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[2002年情報]
○:
「Death of the Iceman」
【bbc.co.uk 2002年】
☆:
5300年前の石器時代人、アイスマンのDNA解析
【関西医科大2002.12掲載】
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[2001年情報]
☆:特命リサーチ200X! NTV 2001/02
氷河に突如出現した謎のミイラの正体を追え!
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[2000年]
○
http://www.pbs.org/
【The Iceman's Last Meal】
ビデオ:
Nova:Ice Mummies Return of Iceman
2000年
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[1998年情報]
☆「紀元前3200年(5200年前)にもはり治療」【ウィーン19日ロイターES時事】(1998/10/20 毎日新聞)
紀元前3200年ころ、既にはり治療が行われていたーー。
オーストリア・イタリア国境のアルプス山中の氷河から、1991年に発見された新石器時代の男件の凍結ミイラを調査していた学者らは19日、ミイラに残されていた入れ墨から 5200年前のはり治療の存在が明らかになったとする研究結果を発表した。
「エッツィ」と名付けられたこのミイラには、背中や足に15力所の簡単な人れ墨があり、これらは現代のはり治療で用いられる「つぼ」の位置とほぼー致するという。
本:
『アイスマン―5000年前からきた男 ノンフィクション 知られざる世界』 David Getz著、金の星社 ;1998/01
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[1994年]
本:
『5000年前の男』コンラート・シュピンドラー著、文芸春秋1994.5
【ハウスラブヨッホ、フィナイル峰、シミラウン小屋、マルティンブッシュ小屋付近】
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[1992年]
ビデオ:BBCビデオライブラリー
アルプス氷河の
アイスマン
[日本語版] ICEMAN 1992年
本:
『SOUTH TYROL』Insight-Guides、APA社1992
【南チロルp.96-97 The-Glacier-Man】
<発表時期不明・掲示板など>
○:
エッツィ情報http://www.gla.ac.uk/Acad/IBLS/DEEB/jd/otzi.htm
○:Yahoo! Directory :
Otzi_the_Iceman
○
http://bclist.club.fr/Pacabrze/Fr/Bronze/similaun.htm
【シミラウン小屋の男:解説(フランス語)】
☆掲示板:
進化研究と社会
【:アイスマンって誰? 矢が当たって死。戦いの刀傷で死。最期の晩餐は穀物・植物・ノヤギとアカシカ、、、】
☆
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